サイバーズ・ネクサス
霧崎マユル
チュートリアル
アマチュアカップ決勝戦
ネオンの輝きを放つビル群。鋼鉄の塔が空に突き刺さり、無数のデジタルデバイスが宙を飛び交う。金属音、爆発音、そして遠くから伝わる戦闘の音。すべてが、この電脳世界「サイバース」のバトルフィールドの一部だ。
全世界の観客が、配信サイト「ネクサス」でこの戦いをリアルタイム視聴している。スクリーンの向こう側では、実況解説が熱を帯びた声で次々と情報を飛ばしていく。
「現在、決勝戦バトルロワイヤルは終盤戦に差し掛かっています! 残り生存チーム数はわずか三組!ここからは一瞬一瞬が勝敗を分ける瞬間です!」
「 そして、なんと! まだ四人全員が生存しているチームが存在します! このままこのチームがこの試合を制するのか、それとも――」
「『ボルティリクス!』」
激しい点滅、誰かの詠唱と共にバトルフィールドの中央に巨大な雷が落ちた。どうやら交戦開始の合図だったようだ。
視聴者たちの目が一層凝視し、緊張が一気に高まっている。期待の新星チーム「ルナリオン」が一際大きな注目を浴びていた。武器、魔法、兵器、ありとあらゆる能力が個性として宿るサイバースでも彼らはバランスの良い編成と言えるだろう。
雷鳴が轟き、バトルフィールドの中央に電撃の奔流が走る、ルナリオンのエース『ロイヴァ』。彼の手に持つエネルギーの刃が煌めいている。
「一気に攻めるぞ!着いてこい!」
仲間たちの合図に応じ、ロイヴァは瞬時に敵チームへと突撃する。相手のスナイパーが狙撃の構えを取るよりも速く、彼の刃がその照準を弾き飛ばし、次の瞬間には敵の懐に潜り込んでいた。振り下ろされる刃、相手は防御の体勢を取る間もなくシールドごと切り裂かれた。
「フォローするよ!」
「『アビリティロック』!」
ルナリオンの『エミリ』が即座に魔法陣を展開し、戦場を覆うように広がるエネルギーフィールドを展開。敵の動きを封じる結界が発動すると、『五月雨』のアサルトライフルが火を噴いた。高エネルギー弾が寸分の狂いもなく敵を貫き、残存メンバーが次々と倒れていく。
「あと一人!シールドカウンターに気をつけろ!」
「どけ、俺がやる。」
最後に残った敵チームのタンクが防壁を張りながら突進する。しかし、『カイザー』がその行動を見越していた。地面を拳で叩きつけると、衝撃波が爆発し、敵のバランスを崩す。
「決める!」
即座にロイヴァが跳躍し、刃を一閃。最後の敵が撃破され、システム音が響き渡った。
「残り2チーム!」
ワァァァァ!!
歓声が巻き起こる。実況席の声も最高潮に達していた。
「ルナリオン、圧倒的な連携で敵を撃破! これはもう優勝は確実か!?」
「異論なしだろう! これほどまでに洗練された戦術、まさに鉄壁の布陣だ!」
まさに勝利は目前。だが、その時だった――。
「エミリ後ろだ!」
ロイヴァが叫んだ瞬間、轟音と共に何かが突っ込んできた。爆発が巻き起こり、エミリのシールドが砕ける。背後を取られていた。信じられないことに、誰も気づかないほどの静寂の中で敵の影が忍び寄っていたのだ。
「きゃっ…!?」
「どうやら優勝争いの始まりって訳か。」
カイザーがそう喋ると煙の中から、それは姿を現した。蒼い羽織に身軽な和装、狐の仮面。彼は無言のまま、打刀をゆっくりと構える。その存在感だけで、場の空気が圧倒されている。
「…まさか、彼は残り一人でルナリオンを相手するつもりか?」
「無謀にも程がある!バトルロワイヤルにおいて量は質を軽く凌駕するというのに!」
実況席の声が震える。
ルナリオンのメンバーが即座に迎撃態勢を取る。しかし――
刹那、仮面の剣士の姿が残像を残し掻き消えた。
「なっ――!?」
次に彼が姿を現した時、エミリの背後に立っていた。一閃。光が走り、彼女の体が宙を舞う。システムログが即座に脱落を告げた。
「ルナリオン!ここに来て脱落者が現れた!」
信じられない速度だった。ここまで仲間に劣らず活躍し続けてきたエミリが、一瞬たりとも反応できずに撃破されたのだ。ルナリオンの布陣が崩れる。
「こいつ……ッ!」
五月雨がライフルを構え、即座に精密射撃を放つ。しかし彼は弾の軌道が読めているかのように、全て紙一重で回避する。
「避けた!? こんな至近距離で!?」
続けざまにロイヴァとカイザーが挟み撃ちにするように攻撃を仕掛ける。しかし、仮面の剣士はそれすらも冷静に捌いた。ロイヴァの刃を寸前で受け流し、すかさずカイザーの拳を躱す。まるで戦場のすべてを見通しているかのような動き。
「何なんだ、こいつは…!」
ルナリオンの誇る凄まじい連携が、まるで通じない。圧倒的な速度、的確すぎる回避、そして一撃必殺の攻撃――まるで異次元の存在。
《まさか!》
《この剣士、チートでも使ってるのか……!?》
《公式大会で堂々とチートを使うわけないだろ》
《でもあのルナリオンにたった一人でこんなに渡り合える初心者が居るわけないでしょ》
あまりの強さに視聴者は剣士の不正行為を疑い始めている。しかし、解説が呟いた。
「…『インシディアス』と『千里眼』だ。」
「インシディアス?それって…あまりの使用難易度に誰も使おうとしないあの
解説が出したのは二つのアビリティの名称。
「インシディアス――それは、使い手を選ぶアクティブアビリティです。」
解説者の声が真剣味を帯びる。
「発動中、使用者は視界と聴覚、さらには感覚情報を極限まで強化され超加速能力を得る…それはまるで『世界がスローモーションに入った』と感じる程に。」
「ただしその代償は凄まじいものです。脳が処理しきれない速度の情報が流れ込み、普通のプレイヤーなら即座にオーバーロードを起こして戦闘不能に陥る。」
「あまりの負荷に耐えられず、耐えられたとしてもあまりの速度に振り回される事がほとんど。公式の統計では使用者の80%以上が実戦投入を諦めたとされる、まさに“選ばれし者の技”です。」
実況席がどよめく。
「つまり……あの選手は、その八割の壁を越えたプレイヤーだと!?」
「しかも、『千里眼』と組み合わせている……信じられません!」
『千里眼』――それは、戦場全体の動きを視界内に映し出すパッシブアビリティ。敵の動き、攻撃の予兆、相手の急所の位置――すべてが赤いシルエットとして浮かび上がる。
だが、千里眼の情報処理速度は人間の限界を超える事が大半だ。並のプレイヤーなら処理落ちし、映し出された情報に惑わされるだけの無駄なアビリティになってしまう。
「あの剣士は、インシディアスの超加速をもって千里眼を完璧に使いこなしている……!」
「そ、そんなことが本当に可能なのか!?」
実況席が騒然となる中、解説者が急いでプレイヤーデータを検索し始める。
「待ってくれ……彼のプレイヤーネームが判明したぞ……!」
画面に映し出されたのは、たった一つの名。
『
「マサムネ…? 聞いたことのない名前だ。」
「それもそのはず、彼は無名のプレイヤーだ。過去の公式大会のデータベースにも、ランキング上位にも名前はない……」
さらに詳細を追う解説者の顔がこわばる。
「……彼は、最初から単独での参戦だった。」
「なんだと……!? まさか、一人でここまで生き残ったのか!?」
驚愕が広がる。チーム戦が基本のバトルロワイヤルにおいて、単独でここまで勝ち残るなど前代未聞だった。しかも、戦場のすべてを見通し、並みいる強豪を打ち倒し、今やルナリオンすら圧倒している――。
その異様さに、視聴者たちのコメント欄も騒然となった。
《ソロ参戦で決勝まで来たってマジか!?》
《こいつ、何者だよ……》
《公式にデータ残ってないのか!?》
《ルナリオンがたった一人に負けるかもしれないとか、ありえねえ……!》
マサムネがゆっくりと刀を構え直す。その動きに、一瞬の隙もない。
カイザーが拳を握りしめる。
「……こいつが、ただの無名プレイヤーのはずがねぇ。」
「落ち着けカイザー、エミリの補助が無い今闇雲に突っ込んでも撃破されるだけだ。」
ロイヴァは深く息を吸い、すぐに戦況を整理した。
「カイザー。お前は前線維持だ、接近戦での時間稼ぎを頼む。五月雨は射撃支援、俺は機動力を活かして側面から仕掛ける。」
短く的確な指示。それだけで、ルナリオンの戦術はすぐに組み直される。
「……了解。」
「やるしかねぇか。」
三人は一斉に動いた。
カイザーが正面から突撃し、力強い拳を叩き込もうとする。しかし、またもやマサムネはそれを紙一重で避け、カウンターの斬撃を繰り出す――が、その瞬間、狙い澄ました銃弾が彼の剣筋をわずかに狂わせた。
「五月雨…!ナイスアシスト!」
隙を生んだ五月雨の狙撃に、ロイヴァが即座に追撃を仕掛ける。
「こっちだ!」
閃光のような斬撃が、マサムネの背後を狙う。しかし――
キィィン!
鋭い音と共に剣閃が弾かれる。マサムネは驚くほど冷静に、ロイヴァの刃をいなしていた。
「ちっ……簡単には崩せねぇか。」
それでも、ルナリオンの連携は機能していた。個では敵わずとも、三人がそれぞれの役割を果たし、マサムネを揺さぶり続ける。
カイザーの拳、五月雨の狙撃、ロイヴァの剣撃。激しい攻防が続き、観客たちも息をのむ。
《いける……!?》
《すげぇ、やっぱルナリオンの連携ならマサムネとも渡り合える!》
だが――
間合いを取ったマサムネは、何かを理解したかのように周囲を見渡す。次の瞬間、彼の姿が掻き消えた。
「なっ…!」
「来るぞ!インシディアスだ!防御を――」
ロイヴァが反応するより早く、刃が閃く。シールドが砕け、続け様に致命的な一撃が叩き込まれた。
『プレイヤーロイヴァ、脱落。』
無機質なシステムアナウンスが響き渡る。
「な……に……?」
ロイヴァの視界が暗転し、強制的に観戦モードへと移行する。カイザーと五月雨の表情が凍りついた。
ロイヴァは戦術を立てるチームの柱。彼の存在があるからこそ、ルナリオンの連携は成り立っていた。
その事実を、マサムネは見抜いていたのだ。
ロイヴァの脱落。それは、ルナリオンの戦術が崩壊することを意味していた。
「……くそ!」
五月雨はすぐさま状況を理解し、小銃を構える。撤退か、攻撃か――一瞬の判断。
(撃つしかない!)
狙いを定め、引き金に指をかけた――だが、その刹那。視界が揺らいだ。
「なっ!?」
マサムネの姿が掻き消え、次の瞬間には至近距離に迫っていた。閃光のような斬撃が奔る。
銃を撃つ暇すら与えず、鋭い刃が五月雨の防御を切り裂いた。
『プレイヤー五月雨、脱落。』
アナウンスが響き渡る。
観客たちが息をのむ中、残されたのはカイザー一人。
「てめぇ!!」
怒りが、冷静な判断を奪い去った。仲間を倒された憤怒に駆られ、カイザーは真正面から突進する。
拳を固め、渾身の一撃を叩き込む。しかし……カイザーの拳が届く寸前、音もなくマサムネの刀が三本の線を描いた。システムのエフェクトが弾け飛ぶ。
『プレイヤーカイザー、脱落。』
戦場に立つ者はもう、彼一人 システムが勝者を確定し、実況の声が響き渡る。
「ゆ、優勝は……」
「チームマサムネ!!!この男の名を、我々は忘れることはないでしょう!!」
コメント欄が凄まじい勢いで流れていく。
《単騎で優勝!?》
《やばすぎる……》
《伝説の始まりだ…!》
それは後に電脳世界サイバースで語られる伝説の幕開けとなった大会だった。
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