LAY YOUR HANDS ON ME

ハヤシダノリカズ

キラキラのけいやく

 小さな音量で音楽が流れている。【LAY YOUR HANDS ON ME】BOOM BOOM SATELLITESの名曲だ。あぁ、今、このタイミングでこの曲が流れてくるか……。Spotifyのリストにこの曲を入れたのはもちろんオレなんだが、また涙を流させるのか。


 明日の退院に向けて、妻はこの病室からオレの私物をほぼ引き揚げてくれた。この個室には退院時の着替えとスマートフォン、それから、今、俺の手にある小さな便箋だけが私物として残っている。


「千夏の最近のマイブームは色んなものにラメを使う事なのよ。おかげでどれだけ掃除をしても部屋のどこかがキラキラしているの」

 昨日、妻の香織が娘から預かってきたこの便箋をオレに渡しながらそう言った。


 ―― おとうさんへ

 すいぞくかんに ちなつをつれていくこと

 かぞくさんにんで たのしく おさんぽしながら おしゃべりすること

 おとうさんとくせいちゃーはんを またつくること

 このけいやくをやぶったら もう いっしょにねてあげないからね

 はやくげんきになってね

                 ちなつ ――


 五歳の娘が書いたにしては達筆だ。便箋に散りばめられたラメもいい味を出している。オレの娘は将来とんでもない表現者になるに違いない。親バカか、いや、そんな事はない。また溢れてきた涙で何度も読み返した文面が揺らいで見えなくなる。マズい、オレの涙なんかでこれを汚すものか。オレは慌ててその便箋を脇に避ける。


 今、俺が立っていたなら膝から崩れ落ちていただろう。末期癌なのだと余命宣告を受けたあの時よりも身体から力が抜けていくのが分かる。ベッドの上で良かった。何度も読み返した娘からの契約書という名の手紙は、これからの覚悟をオレに与えてくれたが、同時に絶望という虚脱感を波のようにオレに運んだ。


 スマホから流れている【LAY YOUR HANDS ON ME】が終わりに近づいている。この曲はこのアーティストが死期を知った後でとてつもない苦しみの中で作り上げられたという。きっと彼は娘さんの事を思ってこの曲を作り上げたに違いない。


 そうだな、そうさ。明日死ぬ訳じゃない。オレは残りの人生を香織と千夏に捧げよう。


 便箋にまぶされたラメがキラキラと輝いている。残された余命が尽きたその後、オレの身体は骨と灰になる。キラキラから一番遠い骨と灰に。

 だからこそ、精一杯、残りの人生を煌めかせるのさ。香織と千夏と一緒に。


 涙で汚れた手を布団で拭いて、オレはその宝物をそっと仕舞った。

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LAY YOUR HANDS ON ME ハヤシダノリカズ @norikyo

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