第3話 物販が好き

 ライブ当日。


「しまった! もう目が覚めちゃった!」


 がばっと跳ね起き、時計を見れば、まだ朝の4時30分。さすがに早すぎだ。


 せっかくの休日だもの。もっと眠っていたかった……。


 それでもこんなに早く目が覚めてしまうのは、ライブを前にすでに気分が高まっているからにちがいない。


 ……って、小学生の遠足か。

 もう少し大人の余裕を持ちたいものだ。


 僕の家から横浜アリーナのある新横浜駅までは、電車でおよそ2時間弱。

 物販が10時からだから、それに合わせるなら、8時に家を出ればいい計算になる。

 

 ……それなのに、6時過ぎに家を飛び出してしまう僕。

 だから大人の余裕を持てとあれほど。


 しかし、ひとたび目が覚めてしまうと、もう少年マンガの主人公みたいにじっとしていられないのである。




 リュックを抱え、早朝の電車に揺られながら、目的地を目指す。何度か乗り継ぎ、およそ8時30分、新横浜駅に到着。それから足取りも軽やかに、横浜アリーナに向かって歩き出した。


「まったく、こんな朝早くに着いてどうするんだか」


 半ば自分にあきれ、半ば妙な優越感に満たされる僕。

 だが、現地に着くなり、僕は信じられない光景を目の当たりにした。


「もう長蛇の列ができている!?」


 横浜アリーナの入り口付近はおろか、日のかげった建物の裏側にまですでに列が伸びていた。

 どうやらじっとしていられないのは、僕だけじゃないらしい。


 さて、物販開始までの一時間半、何をしよう?


 とりあえず、横浜アリーナを背景に、推しのアクリルスタンドをぱしゃり。写真を撮り、SNSに投稿する。たまに「いいね」がもらえると、嬉しくて心が弾む。


 僕の場合、あとはひたすら読書をして待つ。でも、これは少数派かもしれない。

 たいていは友達や恋人との会話を楽しんだり、一人でスマホをいじったり、音楽を聞いていたり、ただ何もせずじっとしていたりするようだ。


 ちなみに、僕は物販に並ぶこの時間が、案外好きだったりする。

 徐々にライブの瞬間が近づいてきているという現地ならではの高揚感が、僕の心に心地よい刺激を与えてくれるのだ。


 もっとも、最近ではネットで事前にライブのグッズを購入できるから、自分に合った方法で入手すればいい。

 むしろ逆に、現地で買うつもりでいたものが、あっという間に枯れてしまうこともあるから危険だ。


『ただいま、法被はっぴが完売いたしました~!』

「そ、そんなぁ~っ」


 何時間も並んだ挙句に、そんな無情なアナウンスを聞かされる徒労感といったら、ない……。


 結局、この日買ったのは、パンフレットと小鈴ちゃんのアクリルスタンド、マフラータオルにペンライト、缶バッチなどなど。充実した多々買たたかいだった。


 けっして無謀な買い物はせず、身の丈にあった買い物を楽しむ。


 それも僕の推し活の流儀のひとつだ。


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