第1章 名探偵シャロン・ホームズ Ⅳ

「まずは一人──」


 親玉の男はほくそ笑み、そして崩れ落ちたガラクタの陰から身を乗り出したホームズに向かって再度銃口を向ける。


「──それでてめぇも終わりだ」


 狭い車内、いつまでも逃げ切れる訳がない。

 このまま男の機関銃の餌食になるか、それとも車外に飛び降りるか──ホームズは間違いなく窮地に陥っていた。

 ようやく親玉の男にも余裕が戻る。圧倒的に有利な立場になったことで、少し気が大きくなったようだ。下卑た笑みを浮かべて男は問う。


「へっ……何か言い残すことはあるか」 

「特にないよ」


 ホームズは毅然とした態度で答える。十メートルと離れていない距離で、機関銃を向けられているというのに、何の恐怖も抱いていないように見えた。


「私はこんな所では死なない──私には優秀な助手がいるからね」

「さっきの優男か? 今頃、何百メートルか後方でズタボロになってるだろうぜ」

「彼がズタボロ? そんな訳がない」

「あ?」

「君──私の助手をただの人間だとでも思っているのかい?」


 不敵に笑うホームズ。それに答えるように砕けた壁の穴から、


「ホームズ無事か⁉」


 なんとワトソンが戻ってきたではないか。


「何ぃっ⁉」


 親玉の男は目を剥いた。時速80キロ以上で走る列車から投げ出されて、この男はどうやって戻ってきたのだろうか。

 その時になって男は気が付いた。


「お前、その足──機械義肢か⁉」


 自分が機械義肢装着者だからこそ分かる。ベアリングの唸り、歯車の嚙み合う音、モーターの駆動音がワトソンの足から聞こえるのだ。

 ワトソンの代わりにホームズが得意げに答える。


「彼の両足は特別製でね。一時的にだが凄まじい力を発揮する──列車と並走する程度、朝飯前さ!」


 そのセリフが引き金となり、ワトソンとホームズは同時に動き出す。男も一瞬遅れて反射的に機関銃を連射した。


 しかしホームズは這うような低い姿勢で射線から身を躱し、そのまま超低空の回し蹴りを放った。膝裏に絡みつくような回し蹴りを受けて、親玉の男はバランスを崩す。


 男がバランスを崩したと同時に、瞬時に間合いを詰めたワトソンがハイキック。鋼鉄の義足での蹴りは、鉄パイプで殴りつけるのと変わらない。側頭部にワトソンのハイキックを受けた男は、一撃で失神した。

 崩れ落ちる親玉の男を見て、


「よくやったワトソン君」


 とホームズは笑い、


「まったく、死ぬかと思った……」


 ワトソンはやれやれと大きく肩を落とした。




 その後列車は何事もなくロンドンに到着した。駆け付けた警官たちに列車強盗たちを引き渡した後、ホームズは得意げに鼻を鳴らす。


「またお前か、シャロン・ホームズ」


 そんな得意絶頂のホームズに不機嫌さを隠そうともしない声で話しかけてきたのは、痩せ型の中年男性だった。忌々しげにホームズを見やっている。


「やぁレストレード警部」 


 とホームズは慇懃に礼をする。それを見て瘦せ型の中年男性──レストレード警部は嫌そうに顔をしかめた。


「毎度毎度事件に首を突っ込みおってからに」


  ロンドン警視庁スコットランドヤードに所属するレストレード警部は、ホームズに対して良い感情を持っていなかった。あくまでも一般人であるホームズに、捜査や事件解決という警察の領分に踏み入られるのが気に入らないらしい。

 特に最近はホームズの活躍が知れ渡るようになり、相対的にロンドン警視庁が下に見られる事が多くなった──それが余計に腹立たしいのだろう。


「お言葉ですが警部、私たちが事件解決に乗り出さなければ、我々を含め乗客全員誰も助からなかったでしょう」

「む……」


 ホームズのもっともな反論に、レストレード警部は言葉に詰まる。しかし腹に据えかねるのか、なおも何か言おうと口を開こうとするが、


「彼女らの言う通りだ。乗客を代表して彼らに感謝の意を表したい」


 横合いから口を挟まれてレストレード警部はセリフを飲み込んだ。口を挟んだのはがっちした体形の中年男性──列車強盗たちが狙っていたアドキンスだった。


「あなたは?」

「私はアドキンス、大英帝国空軍の大佐だ」

「なっ⁉ ……これは失礼をしました」


 レストレード警部は相手が将校だと知って、慌てて姿勢を正す。


「もう一度言うが、彼女たちは我々乗客を救った恩人だ。どうか悪いようにはしないでもらいたい」


 お偉いさんにそう言われたら、もうレストレード警部は何も言えなくなってしまう。

 アドキンスは改めてホームズとワトソンに向き直ると、


「君たちのお陰で我々は窮地を脱することができた。心より感謝する」


 と感謝の言葉を口にした。

 ホームズは照れくさそうに軽く微笑む。


「いえいえお気になさらず。事件を解決するのは私の生きがいですから」 

「列車での口上の時も思ったが、君は本当に面白い女性のようだね……心ばかりだが私から謝礼を出させてもらうよ」

「ご連絡何時でもお待ちしていますよSirサー


 ホームズは懐から名刺を取り出してアドキンスに手渡すと、


「それでは失礼します、次の事件があるので。行こうワトソン君」


 警部の送る恨めしい視線を鼻歌まじりに受け流し、ホームズはワトソンを連れて颯爽と去っていった。


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本作をここまで読んで下さり誠にありがとうございます。


この作品はどこかのラノベの賞に出そうと考えておりますので、


・ちょっとここが分かりづらかった


・もっとこうした方が良いんじゃないか


等々、改稿する際の参考にしたいので、感じたことはなんでもコメントしていただけたらと思います。


何卒よろしくお願い申し上げます。         


                            十二田明日

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