あなたってかわいそう

ハナビシトモエ

夢の色

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

「こら、ラジオきでねぇで、仕事、仕事」


 いつかこの町を出てやる。高校生の頃はそう思っていた。周りの大人には鼻で笑われて思春期病だと言われ続けた。食いつなぐためのわかめ漁も未来への投資だと思っていた。母子家庭だったから大学の学費は自分で稼いで一浪して、都会の大学に行くと思っていた。


 高校卒業して、四年ここで生き、分かった。

 あの大人たちの思春期病という言葉は諦めと慰めだったのだ。大人は察していた。何も能力のない、この町しか知らない病気の母親を持つ、母子家庭の子どもが大学なんて夢のまた夢だってことに。


 夢、いつ無くなっていつ色を失ったのだろう。


 僕は今の生活でいっぱいで高校まで母親には頑張ってもらって、仕事ってすごいことを知った。年に一回、ぜみってやつでここに来る友人は年々まぶしくなって、いつしか距離を取るようになった。


 いくつもの仕事を掛け持ちして、町の中のほとんどが出来る若者だった。

 夏は臨時民宿が発生するので、布団を敷き、和室の壁に腰をかけて、今から友人の友人がここをバラバラに散らかせて、それを明日の昼に僕は片づける。これで日当一万。大学の人たちが酒を買いに来る売店を夜遅くまで開けて、少し寝て民宿に帰る。


 友人の彼氏みたいな人が「アイツ、昔どうだったの? やっぱ変わった? ここ田舎だもんね」といった類の話に乾いた笑いしかでなくって、田舎っていう集合体に抵抗感がなくなったと感じた時、僕はもうこのから出ることが出来なくなったと感じた。


 そして今、大学を目指して母子家庭で頑張っているの町の受験生である佐賀に思春期病だと町の人はいうのか。あんのんたる気持ちを持ってして、明日佐賀に会わなければいいなと思った。


 なんにもない、海と岸と船と小さな学校と四畳半くらいの売店とでかい家。あと酒場兼季節民宿。観光産業なんて町から車で三十分くらいの駅に小さく何とか漁港と書いてあるだけのもの。


 小さな漁港にはわかめを獲る為の船。僕の町はわかめがあるから生活が成り立つ。作業が終わってわかめを干している時に仕事をしたと清々しく思うと同時に何かが終わって行く感覚に陥る。



「この町はいいですね」

 ぜみの人か。中性的な人の声だった。


「別によかないです。ただの狭い町です。なんもたのしない」


「毎年すみません」


「いんえ、戻りますんで」


「ちょっと待ってください」

 低い僕の背より少し高い女性だった。

「今夜、ダンスパーティーをします。よろしければ」

 小さな紙を渡してきた。


【優雅荘寿屋二階応接間】


 そうかあの民宿は今年はそんな長い名称にしたのか。応接間をぜみの人が散らかすんだ。大変だ。


「僕、仕事ありますんで」



 暗い朝に起きて準備して家の前を掃除して、わかめ行って、昼間に佐賀の勉強を見る。佐賀に「なんで大学行かねぇの?」って聞かれた。


 夕方に布団を敷きに行って応接間に二十枚とか馬鹿かよって思って、売店に入った。


 売店のばあちゃんは明け方まで奥に行くので、毎日と同じく鍵で入った。

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