第6話 焔(ほむら)の中の才蔵

才蔵は、己の足音すら忘れるほどの勢いで山道を駆け抜けた。

荒れた道の凹凸も気にかけず、飛び散る泥や折れた枝を振り払うこともなく、ただひたすらに、燃え盛る炎の先を目指す。

視界の端で赤々と燃える炎が、次第にその輪郭を鮮明にしていく。


「ああ……みんな生きてくれ……頼むよー」


喉が焼けるような渇きに襲われながらも、東国一の腕を持つと称される一流の忍び、才蔵はなんとも情けない声を漏らした。

だがその言葉は、熱を帯びた夜風にさらわれ、かき消えていく。


焦燥に駆られる胸の内とは裏腹に、才蔵の脳裏には冷たい現実が突きつけられていた。


黒霞の里は、山あいの小さな集落だ。

ひとたび火が放たれれば、谷を吹き抜ける風が炎をあおる。

木と紙で作られた家々は、音を立てて燃え広がる。


「くそっ……!」


才蔵は歯噛みしながら、さらに足に力を込めた。



。喉元まで込み上げる怒りと無力感を、噛み殺すように。


やがて視界がひらける。黒霞の集落が眼前に広がった。


そこは、もはや地獄だった。

炎は家々を貪り尽くし、赤黒い煙が夜空へと立ち昇っている。かつて仲間たちが笑い、語らい、剣を交えた修練場さえ、炎の舌に呑み込まれ、黒焦げになろうとしていた。


「誰だ……! 誰が、こんな真似を!」


才蔵の叫びは、炎の轟音にかき消される。


耳をつんざく木造家屋の崩れる音。

はじけ飛ぶ火の粉。

それらすべてが混じり合い、修羅の宴が広がっていた。


才蔵は立ち止まる暇さえ許されなかった。


燃え盛る炎の中、かつての仲間たちを探し求めて、焼け崩れた門を飛び越える。


「誰か! 生きている者はいないか!」


声の限りを尽くして叫ぶ。

焦げた空気が肺を焼き、目に入る煙が涙を誘う。


視界の中で、倒れた影が微かに動いた。


「……! そこか!」


才蔵は反射的に身を翻し、影に駆け寄る。

燃え落ちた屋根の下から、か細い呻き声が漏れていた。瓦礫をかき分けると、そこにいたのは若い里の鍛冶師の権蔵だった。

顔に煤(すす)を付けながら、かろうじて息をしている。


「才蔵さんか……すまない助かった……」


「どうした何があった」


才蔵はいろいろ聞きたい気持ちを押し殺して短く聞いた。

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