後.殺戮刑事と警察と経済犯罪者
◆
「さて、十分なほどに雪は積もったね。株式会社 大雪で流通の停止、物資の不足を引き起こしガンガン儲けたいカンパニーの営業開始といこうか」
後部座席の中央に腰掛けた雪襲が笑って言った。
口を開けば、透明な犬歯がツララのように伸びているのが見える。
雪襲たち八人を乗せた車にタイヤはなかった。いかなる原理か、雪に車輪を取られないために地面から浮遊している。向かう先は倉庫だ。安価で買い漁った暖房器具や薬、保存食などを高値で売り捌く――それが株式会社 大雪で流通の停止、物資の不足を引き起こしガンガン儲けたいカンパニーの目的である。
「あの、すみません……」
雪襲の右隣に座る部下が気まずそうに言った。
「どうしたのかな?」
「実は……倉庫に物資がない……みたいなんです」
「ふむ?」
「その……すみません、社長!」
部下が深々と頭を下げた。
「予定日を間違えて、前日に輸送する予定を今日にしてしまったせいで、雪に巻き込まれて届いてないみたいです!」
「……なるほど、と、なると、私は雪で都市機能を停止したが、ただそれだけの無駄足を踏んでしまった……と、そういうことになるね」
雪襲の口調はどこまでも穏やかだった。部下を見るその青い瞳に怒りの感情はない。それが恐ろしかった。雪襲は無感情に人を殺せる――部下はそれを誰よりも知っている。
「車停めて」
「ひぃ!?」
浮遊ワゴン車が『都立やれるだけのことはやる病院』の前で止まる。
路面の悪さのために発生した事故、寒さのために体調を崩した患者、その他さまざまな要因で、病院を訪れた人は待合室だけに収まりきらず、行列をなして吹きつける風の冷たさに凍えている。
「このままだと私達の行動は無駄になってしまう……だったら、どうするかわかるよね」
「えっ、ひぇっ」
恐怖で部下の舌がもつれた。
瞳は涙で潤み、身体は震えている。
雪襲の青い目が部下を見つめている。
「しっ、しっ、しっ、死んで……おわ……」
「皆でさ!楽しく遊んじゃおう!」
「えっ!」
「雪を積もらせたのに、お金は稼げなかった……それは確かに残念なことだ。でも失敗は何よりの教訓になる、きっと君はもう二度と間違えない……だから、東京は予行練習だったってことで、せっかく雪が積もったんだから、雪遊びでもしようよ!」
「社長……」
雪襲が部下の肩に優しく手を置いた。
「失敗は誰にでもある、けれど取り返しがつかない失敗なんてものはないんだ。大丈夫、日本には四十七も都道府県があるんだ。一つぐらい失敗したって、あと四十六回試せる!だから、今日という日を嫌な思い出にしないために、楽しく過ごして、皆で思い出を作る。そういう日にしようよ」
「社長……申し訳ございません……!俺、とんでもない失敗したのに……!」
「永遠に成功し続ける人間はいない、誰だって失敗することはある、私だってそうだし、皆だっていつか失敗するかもしれない!切り替えていこう!失敗したってことは挑戦した証だよ!というわけでみんな、まずは雪合戦でもしようか!」
「はい!社長!」
部下の言葉に雪襲は笑顔で応じた。
「おりゃっ!」
各チーム四人に分かれて、病院横の公園で株式会社 大雪で流通の停止、物資の不足を引き起こしガンガン儲けたいカンパニーの面々は雪合戦を始めた。
『もう薬がないんです!』『救急車はどうなってるんだ!』『子供の熱が下がらないんです!』『とにかく、歩いてでも薬を取りに行くぞ!』『電気は……いつまで持つ!?』
「えいっ!」
子どもに戻ったようなキラキラとした素直な笑顔を浮かべながら、八人は雪玉をぶつけ合う。身体を動かしている内に暖まってきて、コートを脱ぎだすものも現れ始めた。
『薬が足りないんなら、俺は良いんで……そっちの子供を優先してください……』『せめて、毛布はないんですか!?』『金だ!金ならいくらでもある!破産しても良い!とにかく目の前の命を救えないのか!?』
「あっ!こらっ!」
やがて、チーム分けすら曖昧になり、もう周りの人間にひたすら雪玉をぶつけるという状況が続いた。良かったな、と雪襲は思った。確かに東京で商売はできなかった。だが、チームの絆はもっと深まるだろう。それは目に見える利益よりも大切なことだ。このレクリエーションができたのならば、東京に雪を降らせたのも無駄なことではないのだ。
『誰でもいいから助けてくれ!』
悲痛な叫びが響き渡る。
「……隣が騒がしいし、どっか別の場所に移ろっか」
すぐ隣の絶望が雪襲の心を動かすことはない。
病院の喧騒を聞いて、雪襲がツララのような犬歯を見せて笑った。
「そうですねェーッ……この場所じゃなくて、もっと良いところがありますよォーッ!あの世とかねェーッ!!」
銃声が白い世界を切り裂くかのように鳴り響いた。
銃撃、弾丸が雪襲の背後に迫り――巨大な、氷の結晶が弾丸を受け止めた。
雪襲が銃声の聞こえた方を見れば、一人の男が立っていた。
「……どちらさまでしょうか?」
「はじめまして、殺戮刑事の殺死杉謙信と申します……こちらの名刺、貴方のものでよろしかったでしょうかねェーッ!?」
殺死杉の手には『株式会社 大雪で流通の停止、物資の不足を引き起こしガンガン儲けたいカンパニー 社長
「確かに私のものですが……その、殺戮刑事に殺されるようなことをした覚えはありませんよ」
「……一応、聞いておきますが東京都内に雪を降らせたのは貴方ですかァーッ?」
「驚いたな……なんで、わかったんですか?」
「警察の皆で周辺各地の取引をひたすらに漁って、怪しいものを探したんですよォーッ!もしも昨日の内に東京都内に運び込むことができたら、大儲けできたようなものとかをねェーッ!貴方がいろんな人に名刺やクーポンを配っていたのも幸いでした、貴方の顔を見た目撃者は東京のいろんなところにいましたよォーッ?」
「……こんな雪の日だっていうのに、頑張るんですねぇ」
「貴方みたいな人がいる限り、どんな悪天候の日でも警察官に休みはありませんからねェーッ!!当然、殺戮刑事にもですが」
雪よりも冷たい瞳で、殺死杉が雪襲を睨んだ。
嘔吐音がした。雪襲の部下たちだ。
雪襲はともかく、彼の部下はあくまでも普通の人間だ。殺戮刑事の殺意に当てられて、立っていることはできなかった。嘔吐し、その場に崩れ落ちる者。白目を剥いて口から泡を吹いて倒れる者。悲鳴を上げてのたうち回る者。いずれにせよ、逃げることも戦うこともできない。
「ただ、それは私が雪に備えた証拠にはなっても、雪を降らせた証拠にはならないと思うのですが……それで撃ったんですか?」
一瞬だけ、部下に視線をやり、雪襲はすぐに視線を殺死杉に戻した。
よそ見をしていられるような相手ではない。
「それが殺戮刑事です」
ちらりと隣の病院を見やり、殺死杉は言った。
「悲鳴すら上がってる病院の隣で、平然と雪合戦をできる奴は殺戮刑事基準じゃ死刑にしても良いんですよォーッ!?」
「やれやれ、次からは場所を選びますよ」
フードを取り、雪襲がそう言って頭をかく。
色素のない銀髪の髪、雪のように白い肌、青い瞳、ツララのように鋭く伸びた透明の犬歯、整った顔をした非人間的な美しさの男だった。
銃声。
再び、銃弾が雪襲に迫る。
避けるまでもない、再び雪の結晶が銃弾を受け止めた。
発生した雪の結晶を手に取り、雪襲は手裏剣のように殺死杉に投げつけた。
薄く、銃弾を受け止める程度に硬く、ギザギザしているので当たれば切り裂かれる。飛来した雪の結晶を殺死杉は抜き払ったナイフの刀身で受け止めた。回転。回転。回転。回転。回転。回転。回転。回転。雪の結晶は回転し続ける。ナイフの刀身と打ち合って火花が散り、溶けた。
「避ける余裕は……」
二枚、雪の結晶を発生させ、雪襲は殺死杉の首と胴体に投擲。飛来する雪の結晶を回避しようとして、雪に足を取られ、殺死杉は体制を崩した。雪に倒れ込んだため、二枚の雪の結晶は回避したが、崩れた殺死杉にさらに雪の結晶が迫る。
「あァーッ!!」
銃を放り捨て、咄嗟にナイフを二本抜き払い、雪の結晶を刀身で受け止め――回転。回転。回転。回転。「ツァッ!?」雪の結晶の回転力に殺死杉の握力が負けた。取りこぼしたナイフが宙を舞い、雪の上に突き刺さる。
容赦はしない、雪襲は更に雪の結晶を投げつける。
「とど……ッ!?何ッ!?」
雪の結晶は殺死杉の元に到達しなかった……殺死杉のコートが燃え盛り、その熱で雪の結晶が到達する前に溶けてしまったのだ。
「マッチを貰っておいて良かったですねェーッ!」
マッチ売りの中年男性が持っていた何でも燃やせるマッチでコートを燃やしたのだ。当然、その熱で身体は焼けるが――殺戮刑事に逃走はない。その手にマッチ棒を鷲掴みにし、雪襲の元へ向かう。
「うォーッ死になさ……グェーッ!!」
燃え盛るコートの熱で雪が水になり、ぬるりと滑って殺死杉が思いっきり転倒する。
「……流石に、それは――」
雪襲が部下の一人を持ち上げ、その腕力で無造作に引きちぎり、そして、その中身を殺死杉にぶちまけた。コートの火が消える――と同時に、マッチ棒も湿って使用不可能となった。
「――怖いですよ、火、無理なんで」
「……なんですか、その腕力はァーッ!?」
「企業秘密ですよ、殺死杉刑事さん」
言葉と同時に、雪襲が雪の結晶を構え――投げた。
それと同時に、殺死杉は湿ったマッチ箱を雪襲に向かって投げつけた。
「自棄です……か?」
もう一丁の銃を殺死杉は雪襲に向けて、構えて、撃った。
銃弾が再び、雪襲に迫る。
問題はない――刹那で雪襲は思考する。
雪の結晶は間違いなく、殺死杉の首を刎ねる、それで終わりだ。
宙を舞うマッチ箱の側面を――銃弾が擦った。
摩擦熱で銃弾が燃え上がり、雪襲に迫る。
雪襲の意思とは関係なく雪の結晶によるガードが自動的に発動し、燃え上がる銃弾を――防げなかった。
「ま……」
雪の結晶が溶け、炎の弾丸が雪襲の心臓を撃ち抜く――それと同時に、投げつけた雪の結晶が、街を覆う雪が、空を覆う黒雲が消え去った。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「はァーッ……気分良いですねェーッ……悲鳴は……」
殺死杉は立ち上がり、雪のない地面の上に立った。
「……うう、僕の薬物がどんどん持っていかれていくよ」
スマートフォン越しではない、追い立てられるようなバッドリの声が近くから聞こえてきた。そろそろ病院に薬が届くということだろう。
どこかで鶯が鳴いた。
雪は溶けた、もう春なのだ。
【終わり】
殺戮刑事殺死杉と四月なのにすっげぇ雪 春海水亭 @teasugar3g
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