エピローグ 新たな伝説が始まる

 初めて『王国記念杯』を勝ってから、おおよそ五年後。

 私は二十歳になっていた。

 そして、スカイアンドホワイトは引退し、【天馬競争】の世界から去っていた。

 スカイアンドホワイトはこの五年で大躍進を遂げた。

 スカイアンドホワイトの生涯の戦績は三十二戦三十勝。負けた二回のうち、一回はパレードスターが一着を取り、もう一回はワンダフルブレイバーが一着を取った。

 デビューした頃は、誰にも期待されていなかった天馬だったというのに、今はもう、誰もがスカイアンドホワイトを強い天馬だと認めている。

 勝った試合より、負けた試合を語りたい、と言われるほどまでに、勝ち続けてきた。

 そんなスカイアンドホワイトが有名になると、スカイアンドホワイトの相棒の私の名前も【天馬競争】のファンの間で広まるようになり、その効果は【逆バニーズハウス】にまで及んだ。

 スカイアンドホワイト目当てに、【逆バニーズハウス】へ訪れるファンの方もちょくちょく見るし、最近は、【逆バニーズハウス】に所属している美人姉妹の騎手目当てに訪れるファンもいるらしい。

 その美人姉妹の騎手とやらが、私とお姉ちゃんのことらしいのだけれど……はて、私たちが美人姉妹? それは、何かの間違いだろうか?

 私は、手に持っていた雑誌を、ぼうっとした目で見た。

 いや、たしかにこの雑誌にそんなことが書かれている。

 まるで、アイドルや女優のような扱いを受けていた。

 この雑誌のこの記事を書いたのは、おそらくスミレさんだ。

 そういえば、スカイアンドホワイトの引退レースのとき、記事に載せても良いかと訊ねられた気がする。

 この記事には、良いことばかり書かれていた。

 驚くのは、それだけではなくて、この記事にはスカイアンドグレートのことまで書かれている。

 スカイアンドホワイトは名実ともに、みんなの英雄になった。その英雄の親はどういう天馬だったのか、と興味を向ける者が何人も出てきた。その結果、スカイアンドグレートの名前も世間に知れ渡るようになり、二羽の英雄が歴史に名を刻まれる。


「そっか。もう、スカイアンドグレートもスカイアンドホワイトも、みんなに知られてしまうくらい、有名になったんだ」


 私は雑誌をパタンと閉じて棚にしまい、ガラガラとドアを開けた。

 視界が青で埋めつくされる。澄んだ空だった。


「……おはよう。今日も良い天気だね」


 私の後ろから、お姉ちゃんがやってきて、クールにフッと笑う。

 この五年で、まわりの人たちも大きく変わってしまっていた。

 まず、このように、お姉ちゃんはこの五年でだいぶクレナイに似たような仕草や言動を見せるようになっていた。

 いつもクレナイといっしょにいたから、そのクセが移ってしまったのかもしれない。

 さっきの雑誌には、『元気で可愛い騎手の妹とクールで愛くるしい騎手の姉』なんて書かれていたが、たしかにこの五年でお姉ちゃんは『かっこいい』を追い求めすぎた人間になってしまったと思う。

 まあ、そんな感じのお姉ちゃんなのだけれど、私を一番に想っているのは今でも変わらない。今でも、妹ラブ、なところを誰彼構わず見せつけている。

 お姉ちゃんの話はここまでにして、次。

 お姉ちゃんの他にも大きく変わってしまった人がいる。

 いや、人たち、とした方が良いだろうか。

 で、誰が変わってしまったのかというと、クレナイとメレットさんだ。

 なんと、あの、実はだらしない人間のクレナイが、結婚した。しかも、その相手がメレットさんだ。

 いったい、いつの間に関係性が進展してしまったというのだろう。

 でも、これは喜ばしいことだと思う。

 二人が結婚式を挙げたとき、クレナイやメレットさんの友人たちもそこに集まったのだが、まあ、その人たちがなんとも濃い面子で。セクシー女優さんはもちろんのこと、売れないバンドマンやコメディアン、【天馬競争】の関係者や、闇が深そうな人たちまで集まってきていた。

 えっと、クレナイとメレットさんの友人……メレットさんはちがうね、うん、クレナイだ。クレナイの友人は、なかなかすごい人たちばかりで驚いてしまった。凄すぎて、少し引いてしまったけれど。

 で、それから、スミレさんにも変化があった。

 五年前は、下っ端の新聞記者だったらしいけれど、今は情報誌の部署に異動して、そこでまあまあな地位を築いて頑張っているらしい。そして、記事の内容に困ったら、よく【逆バニーズハウス】にやってきて、私といっしょにお話をしてくれる。スミレさんとはお仕事の付き合いよりも、プライベートな付き合いの方が多いと思う。

 と、まあ、こんな感じで、私の身近にいた人間は、この五年で大きく変わってしまった。

 もちろん、それは、私も例外ではない。

 背も伸びたし、いろいろな知識を得た。あと、胸もちょっと大きくなった。


 うん。うん? うん。それくらい、かな?

 私は独りでにうんうんと首を縦に振った。


「おはよう……えっと、シャレア、お前、どうした?」


 お姉ちゃんに続いて、私の後ろから、今度はクレナイがやってきた。


「あっ、クレナイ。気にしないで。この五年間で私、結構変わったよな~、ってことと、まさか、クレナイが結婚するなんてな~、ってことをしみじみと思っていただけだから」

「そうか。寂しいか?」

「なんで? 今でも、クレナイはオーナーじゃん? 毎日【逆バニーズハウス】まで自宅から来てくれているでしょ?」


 クレナイが「それもそうか」といった顔をした。


「とりあえず、シャレア。スカイアンドホワイトは、この間引退したんだ。次のお前の相棒を探さないとな」

「ああ、その話かぁ」

「なんの話で、私がお前のところにやってきたと思ったんだ?」

「えっ、なんの話がいい?」

「……ふむ」


 クレナイが考え込むような仕草をして固まってしまった。

 あれま。私、ちょっとふざけすぎたかも。


「クレナイ。ごめん、ごめん。それはいいや。一回、次の相棒探しの話に戻そう」

「あ、ああ……」


 クレナイが何故かしゅんとした顔をした。

 なんで、しゅんとした顔になったのだろう。まあ、いいや。


「私とスカイアンドグレート、それから、クレナイとスカイロード、って似ているよね」

「どうした、突然」

「いや。出会い方が似ているな、って。……そうだ、クレナイ。スカイロードの話を聞かせてよ。出会ったときの話でいいや。その話を聞いて、次の相棒を決める」

「……それで相棒が決まるなら話すが……前にも話さなかったか?」

「大雑把にしか聞いていないよ。それに、聞いたのはたしか、メレットさんからだった気がするし」


 私はニッと笑った。


「……まあ、まず、セクシー女優になったんだ。私は、片親でな。生活に困っていたし、学もなかったから、私でも稼げる職がないかと思考して、最終的に、水商売、が頭に浮かんできたわけだ」

「ふんふん」

「あのときは毎日がつらくてな、本当に生きるか死ぬかの日々だった。それくらいお金に困っていたんだ。で、あるとき、【天馬競争】の世界とツテがある友人にな、【天馬競争】で賭けてみないかと誘われた。で、一回やってみたら、大負けしてさらに生活が厳しくなったけど、楽しかったんだろうな。ズブズブとその世界にハマっていってしまった」

「なるほど、なるほど」


 メレットさんの話を思い出して、推測すると、つまり――。


「……ということは、最初に賭けた天馬がスカイロードだったんだね?」

「いや? 最初はちがうな」

「あれ?」


 よく考えてみれば、メレットさんは『あるとき』クレナイのもとに現れたのがスカイロードだった、って言っていたような気がする。

 まあ、五年前に聞いた話だもんね。細かいところは忘れているか。


「まあ、続きを話すと、【天馬競争】の世界にハマって、幾らか月日が経ったときにスカイロードに出会い、私はその日からスカイロードに賭け始めた。で、メレットから聞いているかもしれないが、何回も大負けした。でも、レース中はな、スカイロードに心をワクワクさせられたんだ」


 クレナイがフッとクールに笑った。いっしょに聞いているお姉ちゃんも、クレナイとともにフッとクールに笑っている。

 私は苦笑していた。


「スカイロードとの出会いの話はこんなところかな。で、それで興味を持って、いろいろと、なんやかんやがあって、今、ここのオーナーをやっているわけだ」

「クレナイ、話してくれてありがとう。今の話で、私、相棒にしたい人物像ならぬ天馬像が決まったよ」

「ほう? というと?」

「私ね、スカイアンドホワイトみたいな天馬を希望しとく」


 私が言った瞬間、クレナイが呆れた顔をして、ため息を吐いた。


「スカイアンドホワイトみたいな天馬はそうそう出てこない。そもそも、ウチは未だに弱小だ。スカイアンドホワイトを排出したおかげである程度有名にはなったがな」

「わかっているよ。でも、スカイアンドホワイトだって、最初は期待されていなかったんだ。だから、決めつけるのは早いと思う」


 キメ顔で笑ってやる。そして、私はポンと自分の胸を軽く叩いた。


「たしかに、ウチはまだ弱小だよね。でも、次世代のスターが、また出てくるかもしれないよ? そのために、天馬たちを育ててきたんでしょ?」

「はぁ、そのためだけではない。抜け落ちた翼を市場に出す目的もある。天馬がお目当ての観光客を呼び込む目的もある」

「そっか。それは失礼しましたーっと」


 ペコリと頭を下げた。


「でも、お前の言う通りなところもある。まだ、出場させていないのだから、決めつけるのは早計だな」

「でしょ、でしょ?」

「ああ」

「じゃあ、早速、誰を相棒にするか、決めに行こっか」


 私は外を指差した。そして、クレナイとお姉ちゃんの手を引っ張って、厩舎の方まで移動する。


「……うーん、誰といっしょに駆けようかなぁ」


 たくさんの白く光り輝いた翼を見て、私は迷う。

 みんな素敵だ。みんな美しくて、勝ちに貪欲な目をしている。


「……ん?」


 奥の方を見ると、一頭だけ、孤高の天馬がいた。

 その天馬の表情は闇に染まっていて、ここにいるどの天馬たちよりも勝ちに貪欲な目をしている。

『俺を選べ』とでも言っているかのようだ。


「……決めたよ、クレナイ。私、次の相棒は、あの天馬にする」


 そう言った瞬間、孤高の天馬は、力強く鳴いた。その鳴き方は、スカイアンドホワイトにあまりにも似すぎている。


 ……勝ちたい? 勝ちたいと本気で思っている?

 ……なら、私といっしょに行こう。私といっしょに頂点を目指そう。


 さあ、いっしょに大空の世界へ。


 私は孤高の天馬に手を差し伸べた。

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逆バニーズハウスと小さな勇者たち ネムリ @gravityN50000

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