逆バニーズハウスと小さな勇者たち

ネムリ

プロローグ 私の英雄

 薄暗い路地。

 暗い、暗い、臭い、臭い、穢れと混沌で支配されたこの世の終わりのような場所。

 私、シャレアと二つ歳が離れた姉のペリシェは、そこで、踠き、足掻き、苦しみ、地べたを這いずり回っていた。

 ああ、直にここで私もお姉ちゃんも死ぬのだろう。

 死を、覚悟していた。

 そんな絶望の最中――私たちのもとに英雄が現れた。

 白く輝く翼。優雅な佇まい。誰もが見惚れてしまうほどの美しい姿。

 ……天馬。

 一頭の天馬が、まるで、私たちを迎えに来たように地上に舞い降りてきた。


「……酷い場所だ。幼い少女たちが、こんな目に合わなきゃいけないのだから」


 一人の女性が天馬から降りてきて、ぽつりと呟いた。

 推定、三十歳くらいの大人の女性。

 こんな場所で、何をしているのだろう。

 ……私たちのことを見ている? 何故?

 戸惑いながら、私は女性の目を見る。優しい目をしていた。


「……彼の名はスカイアンドグレード。そして、私の名はクレナイ。天馬牧場の、オーナーをしている」


 クレナイと名乗る女性は、そうして私たちの目線の高さまで腰を落として、私たちをじっと見た。


「酷い顔だ。生きるか死ぬか、ただそれだけ。顔がそう言っている」


 自然と涙が出た。何故、涙が出たのかはわからない。

 苦しいとか悲しいとかつらいとか、そんな感情なのかもしれないし、ちがうかもしれない。

 わからない。わからないんだ。自分の心が。自分が今、何を思っているのかが。わからないんだ。わかろうとする、余裕がないんだ。

 きっと、私はもう壊れているのだろう。


「……生きたいと思っているのなら。生きたいと願っているのなら。我々についてこい。……本音を話すと、人が足りないんだ。だから、是非、ウチに来てほしい。どうだ?」


 私はお姉ちゃんと目を合わせて、お互いにきょとんとする。

 私たちを勧誘……している? どういう理由で?

 お姉ちゃんは何か裏があるのではないかと思ったらしく、私よりも一歩前に出て、私を庇うように両手を広げ、クレナイのことを鋭い目つきで睨む。

 お姉ちゃんはクレナイのことを敵だと認識したらしい。

 けれど、私はちがった。


「……私の名前はシャレア。そして、私のことを守ろうとしているのは、私の姉のペリシェ。私たちを――連れていってください」


 お姉ちゃんが私の方を振り向いて、驚いた顔をする。


「……ああ。良かろう。では、ついてこい」


 言われて、私とお姉ちゃんはクレナイのあとに続き、天馬……スカイアンドグレードの背に乗った。

 クレナイが合図をすると、スカイアンドグレードは私たちを乗せて、大空へ羽ばたいていく。


「……すごい」


 これが私とスカイアンドグレードの伝説の、始まりの日だった――。

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