怪盗ミングの予告状
「号外ー! 号外ー!」
いつも通り、刺繍とレースを店に卸しに行ったある日のこと。通りかかった広場で、号外を配っていた。通りすがりに一枚もらうと、その見出しに興味をそそられた。
──『ついにウユにも参上!? 怪盗ミングの予告状、伯爵家に届く』
怪盗ミング…? はて、と首を傾げた。誰だろうか。こんな風に騒がれるくらいだ、私が知らないだけで有名なんだろう。そんなことを思いながら、店へと向かった。この号外を受け取り、見出しに興味をそそられたのは私だけではないことはすぐに分かった。
「聞いたかい!? 怪盗ミング!」
店に着くなり、女主人が顔中を輝かせて訊いてきた。少し前のめりな彼女を見て、奥にいた旦那が少し寂しそうに肩をすぼめた。
「うん、そこで号外配ってたから…。」
そう言うと、女主人はほぅ、と溜め息を吐いた。
「家にも来てくれないもんかねぇ…。」
「えええぇ!?」
「だって、すごいイケメンだって噂なんだよ! アタシも一度拝みたくてさ…。」
そう言ってうっとりと頬を染める。
「そもそも怪盗ミングって誰なの?」
納品分の刺繍とレースを手渡しながらそう尋ねると、女主人は驚きを露わにした。
「知らないのかい!?」
「う、うん…。」
知らないことを一瞬申し訳なく思ってしまうほどの剣幕だった。たじろぐ私を意にも介さず、女主人は解説を始めた。
「怪盗ミング! 金の髪をたなびかせ、黒の衣装に身を包んだ、大怪盗! 隆々の筋肉! なのに身のこなしはしなやか。狙った獲物は逃がさない!」
「ふぅん…。」
「アンタお得意の物語のようだけど、現実に存在してんのよ、彼は!」
あまりの熱意に息を切らせた女主人は、その後も身振り手振りでミングの魅力を私に伝えようと必死だ。どうやら彼の外見とその有言実行っぷりが人気の秘密らしい。
「彼は予告状を送りつけてから盗みに入るんだけど、その場所は世界各地! まさに世界中を飛び回っているそうだよ。」
「へぇ…。」
「しかも彼が盗むのは、嫌味な貴族や曰くつきの品ばかり!」
「ふぅん…。じゃあミングは義賊なの?」
「いや、そういう訳でもないそうだよ。ま、詳しくはアタシも分かんないけど。」
それもそうか。私は持ってきた刺繍とレースを女主人が確認しているのを横目に、もらってきた号外に目を走らせた。
──『今回のターゲットは首飾り!』
首飾り…。そういえば、この伯爵家にはとんでもなく高価な首飾りがあったような…。確か、一時期オークションで競り落としたって話題になってたっけ…。それに、この伯爵家は確か商売仲間の間での評判があまり良くなかったような…。それ以上あまり興味がそそられなかった私は号外を折り畳むと、そっとエプロンのポケットにしまった。
「一度でいいから拝んでみたいねぇ…。やっぱり家にも来てもらうしかないかねぇ…。」
私は苦笑を漏らした。怪盗に盗みに来て欲しいだなんて、なかなかない話だ。だけど、彼がそれほどまでに魅力的だということなのだろう。
「そのミングって顔もかっこいいの?」
「いや、特に顔を見た人はほとんどいないそうだよ。」
「へぇ…。」
「一応人相書きは出回ってるけど、どうなんだかねぇ…。」
人相書きなんて出回ったらもう街中を歩くことすら厳しそうなものだが、そもそも顔を見た人がほとんどいないのに人相書きが出回っていることが不思議でならない。現状捕まっていないということは、その人相書きは見当外れなんだろう。
「人相書きすらすごい人気でね、アタシも持ってないんだよねぇ。」
「すごいね…。」
どうやら怪盗ミングは人気者のヒーローのような扱いのようだ。それから毎日、いつも遊び相手をしている子供たちに会う度にミングの話をせがまれた。だが、バンはミングの話なんてしてくれなかった。だから私の記憶の中にミングにまつわる物語はない。あんなに物知りだったバンが、ミングを知らないなんてことありえるんだろうか。私はそんな疑問を抱きながら、少しでも子供たちの期待に応えられるようミングについて調べていた。
どうやらミングは今から10年以上も前から活動しているらしい。女主人の言う通り世界中を飛び回っているミングだが、このウユ国には出没したことがなかった。周辺の国はほぼ制覇されているから、ついにという感じなんだろう。まぁ、ウユが今まで狙われなかった理由は皮肉ながら見当がつく。
ウユはそもそもあまり豊かな国ではない。ひどく貧しくて食べていくのに困る訳でもないし、階級分けやそれによる差別が激しい訳でもない。だが国民から見たら、豊かなのはこの国のごく一部の王族貴族だけ。とはいえ世界的に見たら、彼ら…特に貴族だって特別豊かな訳ではない。要するに、本当に豊かなのは王族くらいのものなのだ。
正直怪盗が狙うには微妙なこのウユ国。今回狙われている首飾りは伯爵が頑張って入手した物だから、怪盗からしたらやっと狙うにふさわしい物がウユにもあるようになったという状態なんだろうか。
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