魔法の使えないインファイトTS魔法少女
絆装甲(さら)
プロローグ
その日は薄暗い曇り空で、昼間だというのに道行く人々の気分をどんよりと落とし込むようだった。
そんな空の下、ここは旧首都第十二安全居住区の、人気のない廃工場だった。背の高いアパートに包囲され、狭苦しい無人の広い敷地内はひどく不気味で、常人なら誰も近寄らない。
そんな場所に向かう、二人の少女がいた。
一人は曇り空で傘を差しており、ロングヘアーで鮮やかなドレスのような服に身を包んでいる。
一人は少し飾ったトレンチコートのような服装で、肩にボルトアクション銃を掛けている。
二人は魔法少女だった。
二人の狙いは、この廃工場に逃げ込んだライカンスロープの群れだった。重すぎない足取りで、更に暗い建物の中へ入っていく。
建物内は何に使うのか分からない大きな機械、錆びた配管に階段、上には足場があり、入り口から右側のスペースには金属の資材のようなものが置いてある。
奥の暗闇から、二人へ向かって無数の赤い目が光る。それはライカンスロープの群れだった。
傘を持った少女は粛々と言う。
「じゃあ、行きましょうか。カイザー」
銃を持った少女は応える。
「ええ、レイニー」
◇◇◇
六月六日、天気は快晴で、午前六時過ぎに起床したおれは非常に気分が良かった。父さんと母さんは既に今日の準備を済ませていて、母さんはキッチンでおれの弁当を作っている。
何気なくテレビをつけた。
チャンネルは1で、ちょうど朝のニュースの時間帯だった。魔物の瘴気汚染の無い安全地帯である旧首都第十二安全居住区でライカンスロープの群れが発生、魔法少女に撃退されたが、そのうち一体が逃亡したという内容だった。別にこんなもの日常茶飯事だったが、おれの家はこの地区の隣、第十一安全居住区なので逃亡したライカンスロープの行方が些か心配になった。
だがまあ、そのうち見つかって倒されるだろう。こんなよくあることよりも、おれが心配すべきは全く手をつけていない今日の英語コミュニケーションの予習だ。
ふいに母さんが口を開いた。
「あんたも、一応は気を付けなさいよ」
「んん」
軽く、言葉にならない返事を返した。第十一安全居住区は面積が広い方だ。あんな奴の一体くらい、まあ出くわすことはまあ無いだろう。
「母さん、何をそんなに心配してんの。十一区は広いんだから、心配しなくたって大丈夫だよ。そのうち軍か魔法少女にでも駆除されるでしょ」
「そうは言ってもねえ」
母さんは一拍おいてから、
「こんな物騒な世界だけど、あんたにはそんなのとは無縁で、平和に暮らして欲しいのよ」
「どうしたの、急に」
思ったことを、そのまま声に出す。何を急に心配しているのか、おれには分からなかった。たかが魔物の一匹くらい、おれが出くわす確率は低いだろうに。
そう思いながら、朝食を済ませ、時間までSNSを見ていると、あっと言う間に家を出なくてはならない時間になっていた。
玄関へ向かった時、また母さんがおれに声をかけた。
「今日は何時くらいに帰るの?」
「昨日言った通り。体操着が足りなくなって、帰りに店に一組注文に行く予定。多分六時過ぎには帰る」
「そう、じゃあ気をつけていってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
母さんに続き、父さんも言った。おれは単純に返事を返す。
「いってきます」
そう行って靴を履き、ヘルメットをして扉を開けて家を出る。そのまま自転車へ向かった。
今日は金曜日だから、一日頑張れば週末がやって来る。人生の膨大な週末がたった一つ来るだけ。おれはこんなちょっとしたことに心を躍らせていた。
今日も何気ない日常だった。
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