橋
宙灯花
第一章 男を買う
1―1 濡れた指先
背伸びをしてキス。
手触りの良いスーツが、
凍りついたかのごとく青い晴天の
一人の時間が始まる。
二階に与えられた個室に入って鍵を掛けた。本棚からノートパソコンを引っ張り出す。洋裁台に乗せて電源を入れた。起動画面をじっと見つめるうちに、ゴミ箱以外に何一つアイコンのない青い画面が表示された。
メニューからインターネットのブラウザを起ち上げる。履歴を残さないモードに設定した状態でメールのサイトを検索した。ブックマークは使わない。ログイン。
着信、一通。
内容を確認した。小さく息をつく。消去してログアウトした。ブラウザを閉じて電源を切る。
微かに肩が震えていた。暖房は家中にまんべんなく行き渡っている。
湯の温度を調節して浴室に入った。特別に取り付けたシャワーヘッドから、ごく微細な熱い霧が降り注いで、舐めるように体の表面をなぞっていく。
曇った鏡に湯をかけて覗き込んだ。三十歳を目前に控えた肌は、まだ十分に若いように見えた。たるみも見当たらない。むしろ以前より張りがあるように感じる。特に、今日は。その理由は明白に思えた。
ふいに、下腹部に疼きを感じた。しかし、このあと何が行われるのかを思い出して呼吸を整えた。
夫は莉沙を求めない。最初の頃こそ情熱を見せたものの、半年もしないうちに興味を示さなくなった。彼にとって莉沙は、他人に自慢のできる、美しく貞淑な妻に過ぎない。性欲の対象は他にいることが分かっている。カネさえ見せればあっけなく股を開く女がいくらでもいるのだ。夫はそれを隠そうともしない。莉沙は、自宅に飾られた人形だった。
心身共に若く健康な莉沙は生殺しの状態に置かれて、やむにやまれぬ行為で凌いできた。しかし、もうそんなことをする必要はない。
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