罰はふたりで受けましょう

Shino★eno

三度目の初夏

「さて、陽も落ちたことだし、帰るとするか」


 夜の帳が下りようとする、とある湖畔の遊歩道。

 若葉を茂らせるソメイヨシノのトンネルを歩く。


「今日は満月、夜目が利いて遅咲きの八重桜も映える事でしょう」


 天然のライトアップとは、なかなか趣深い。

 きみが教えてくれた八重咲きのしだれた枝に手を伸ばし、小手毬のようにこんもりとした花弁をそっと撫でてみる。

 可憐ながらも力強く咲く様は、きみそのものだ。


 駐車場へ向かう道すがら、すれ違う人々。

 宵の口ともなれば、家族連れはほぼ居ない。

 今も、やってくるのはカップルらしき二人組。

 仲睦まじく、楽しそうに笑い合う。

 それはまるで、きみと俺を写す鏡のよう。

 こそばゆい嬉しさが込み上げる。

 隣で微笑みながら喋るきみも、そうであれ。

 チラ、と視線を落とすと――。

 すれ違う方へ向かうきみの目線に鼓動が跳ねる。

 ほんの一瞬の出来事に動揺するには理由がある。

 相手方の男も、きみの方へと視線を向けたから。

 そして去り際、きみがチラリと振り返ったから。

 気が付かないふりをしてやり過ごすのは簡単。

 だが、しかし――。

 つまらない嫉妬に狂うみっともない姿も俺自身。

 追求したって構わないだろ?


「さっき、すれ違った人達は知り合い?」


「ううん、知らない方々だよ。どうして?」


「何か……目と目で語り合ったような気がした」


「ふふふ、してませんよ」


「ならば、わざわざ振り返った理由を述べよ」


「それは……」


 言葉を濁して視線を泳がせる、きみ。

 ふい、と背けたとぼけ顔をしつこく追いかける。 

 すると次の瞬間、ほぅっと息を呑む光景が。

 東の空の低い位置にぽつかりと穴を穿つ、満月。

 言い淀んだのは、これを見せるためだった。

 存在感のある大きさと淡い眩さを放つ美しさ。

 そして、俺以上に魅了され、歩みを止めてうっとりとした瞳で心を奪われる、きみ。


 なんだか、もやもやする。

 背後からそっと近付き、えいや、と視覚を遮る。


「えっ、何! どうしたの?!」


「どうしたも、こうしたもないだろ。余りにも見つめすぎなんだよ。月の神様は男でしょうが。浮気は許しまへんで〜」


「おや、ヤキモチですか?」


「当然です」


「お言葉を返すようですが、桜の神様は女性かと。先程、この手で不用意に触れましたよね。さわさわ〜と撫で回すような……イヤらしい感じで」


「そ、そ、そんな事してないだろ!」


「どうだったかな〜?」


「ご、ご、誤解だよ〜!」


 ぶっ、くすくす、あはは!

 街灯の柔らかな光を受ける、道すがら。

 若葉が香るそよ風にふたりきりの笑いが混じる。

 とっぷりと日暮れたその先に、人影は疎ら。

 ならば、これに乗じて尋ねてみよう。


「あのさ……月と桜の神様に俺達の仲の良さを見せつける、というのはどう思う?」


「ふむむ、罰が当たらなければ良いけれど……」


 照れながらも、きみの意地悪な瞳が物語る。

 いいんじゃないかな――と。




 

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