第17話 共鳴の証、そして再会へ

 夜が明け、まだ朝露が大地を覆う頃。帝国軍との和平交渉の結果を受けて、今日――ひとつの儀式が執り行われようとしていた。


 場所は《大地の裂け目》と呼ばれる、かつて戦乱が激しかった古戦場跡。その中心に設けられた円形広場では、帝国軍の四獣将と百を超える魔獣たちが、静かに佇んでいた。


 空には王国の偵察部隊が見守り、地上では王国の使節団が遠巻きに控える。


「まるで見世物だな」


 バルゴが腕を組んでぼやく。だが、その目は真剣だった。


 アルが、ゆっくりと前に歩み出る。その隣には、変わらず並ぶティムの姿。


「……ティム」


「うん、いるよ。どこにも行かない」


 アルは短く息を吐き、前を見据える。


 四獣将のひとり、漆黒の翼を持つ鷲型の魔獣・ヴァレスが、鋭い目を光らせて問いかけた。


「アル=ノクス陛下。貴殿はなぜ、いまなお“人間”と並んで立つ? 王たる者が、人の下に甘んじるとは──」


「……俺は、もう王じゃない」


 アルが静かに答えた。


「かつては命令し、従わせ、支配することで秩序を築いた。でも……いまは違う」


「何が違う?」


 今度は、虎のような巨体の獣将・ギャランが一歩前へ出る。その足取りに、大地が微かに揺れた。


 ティムが一歩、アルの隣に進み出た。


「僕たちは、“信じることで繋がる”ってことを選んだんです」


 その言葉に、場が静まる。


 アルが続けた。


「ティムと共に歩いてきて、知ったんだ。命令しなくても、支え合えば力は重なる。“王”ではなく、“相棒”として、共に未来を創れるって」


 四獣将たちは、ざわめいた。


 紅い鬣を持つ獅子型の獣将・ログスが、鋭く言い放つ。


「ならば見せよ。かつて我らが従った“王”ではなく、いま貴様が選んだ“共鳴の形”を!」


 帝国軍の魔獣たちが一斉に吼え、周囲の空気が張り詰める。


 ――そして、始まった。


 


 * * *


 


 戦うというより、証明する儀式。


 アルが一歩前へ出ると、三体の使者魔獣が円形広場に現れる。どれも歴戦の強者たちだ。


 ティムは何も言わない。ただ、微笑みながら、手を差し出す。


「――行こう、アル」


 アルが、ゆっくりと頷いた。


 次の瞬間――


 白銀の光が、彼の全身を包んだ。


 それはまるで、祝福のような光。


 耳のような翼が大きく広がり、背中から蒼白の魔力が噴き上がる。


「共鳴、臨界突破……っ!?」


 見守っていたミリアが思わず声を上げた。


 ティムの契約印がまばゆく光り、アルと彼の間を繋ぐ絆が目に見えるほどの輝きで現れる。


 帝国軍の使者魔獣が一体、突撃してきた。


 だが、アルはそれを見切り、優雅な軌道で回避。


 ティムの心に浮かんだ“願い”と重なるように、アルが舞う。


 そして──


「はぁっ!」


 ティムの叫びと同時に、アルの一撃が炸裂する。


 空間が裂け、地面に魔力の衝撃波が走る。


 三体の魔獣が、一瞬で沈黙した。


「な、なんだあの力は……!?」


「命令もなしに……“心の声”で……」


 魔獣たちのどよめきが、広場に響き渡る。


 静寂の中、アルがそっと地に降りた。


 彼の目は、静かにティムを見つめていた。


「……どうだ。これが、俺たちの“共鳴”だ」


 四獣将たちは、沈黙のまま、ティムとアルを見据えていた。


 その表情は、驚きと、そしてわずかながらの敬意。


 やがて、ヴァレスが口を開く。


「……確かに、“王の命令”ではない。だが、これは確かに、“新たな導き”の姿だ」


 その言葉に、他の獣将たちも小さく頷いた。


「ならば……認めよう。お前たちの絆を。そして、“共に生きる”という在り方を」


 


 * * *


 


 戦は起きなかった。


 ただ、共鳴が示した未来があった。


 だが、終わりではない。


 裂け目の向こうで、なお蠢く“影”がある。


 そしてそれを見据えるアルの瞳に、燃えるような決意が宿っていた。


「……来るぞ、ティム。次は、“帝”としてではなく、“俺”としての戦いだ」


 


 * * *


 


 焚き火の火が、ぱちぱちと静かに音を立てる。


 帝国軍の野営地。その中央に据えられた囲炉裏を囲むように、四体の巨大な影が座していた。


 黒き獅子の《ライゲル》、青鱗の竜蛇フェルドーン、鋼の巨獣ブロマ、そして漆黒の飛翔体シルヴィア


 四獣将。かつて“帝の四柱”とまで称された、魔帝国最強の使徒たち。


 彼らの視線の先にいるのは、かつての主──そして、今なお彼らの“王”と認識されている存在──アル=ノクスだった。


「……お前たちの気持ちは、よくわかっている」


 アルがゆっくりと口を開く。


 その声は、いつもの飄々としたものではなく、地の底から響くような重みを帯びていた。


「だからこそ、話させてくれ。俺が、なぜここにいるのかを」


 四獣将が静かに頷く。


 そして──語られた。


 かつて魔帝国を築いた“魔帝アル=ノクス”は、力による支配に限界を感じていたこと。


 敵も、味方も、皆どこか怯えながら従っていたこと。


 理想と現実の板挟みの中で、己の存在そのものが“呪い”になっていく感覚。


「帝国を築いたはずなのに……いつの間にか、誰も笑わなくなっていた」


 アルは、焚き火の中を見つめながら呟いた。


「俺は、自分の支配に耐えかねた臣下に裏切られた。……いや、正しくは、俺が彼らを裏切っていたんだ」


 それは、アルの告白だった。


 自分が生きていた頃、そして転生の直前に何を感じ、どう終わったのかを。


 そして、転生の瞬間──光でも闇でもない“感情”に包まれ、記憶の大半を封じられながらも生まれ変わったこと。


「転生した先で出会ったんだ。誰にも選ばれなかった少年──ティムと」


 名前を口にしたその瞬間、四獣将の瞳が微かに揺れた。


「彼と出会って、初めて俺は“選ばれる側”になったんだ」


 焚き火の火が、アルの影を揺らす。


 その言葉には、かつての“王”の姿も、“支配者”の傲慢さもなかった。


 ただ、今を生きる“ひとりの仲間”としての誇りだけがあった。


「今の俺は、もう命令しない。“一緒に考えて、一緒に歩く”。それが俺の選んだ道だ」


 ライゲルが低く唸った。


「我らが仕えるべき王は──」


 フェルドーンが、静かに続ける。


「過去ではなく、“今のあなた”だ」


 ブロマとシルヴィアが、無言で深く頷いた。


 アルは静かに目を閉じた。


「……ありがとう。これでようやく、胸を張って“仲間”のもとに戻れる」


 その瞬間、焚き火の火が少しだけ強く揺れた。


 遠く、夜の闇の向こうに、王国と魔帝国をつなぐ新たな“道”が生まれようとしていた。


 


 * * *


 


 晴れ渡る空の下、《キズナ牧場》の拠点には穏やかな朝が訪れていた。


 ギルドの正門には、布で作られた新しい看板が掲げられている。風に揺れるその白地には、淡い青で描かれた草原と、寄り添う人と魔獣のシルエット──《キズナ牧場》という名を象徴する、手作りの旗だ。


「……これで、正式にスタート、だね」


 ティムは看板の前で深く息を吸い込んだ。

 ミリア、バルゴ、リーネ、リーヴル、そして魔獣たちが見守る中、彼はゆっくりとその旗を高く掲げた。


 周囲には、村人たちがぽつぽつと集まりはじめていた。


「これが……あの“魔獣ギルド”?」

「っていうか、あの白い子犬、魔獣だったの!?」

「うちの子が“お兄ちゃん”って呼んでるの、この子だよ……」


 不安と興味、そしてほんの少しの期待が混じる人々のざわめき。


 魔獣たちはやや緊張した面持ちだったが、アルが一歩前に出て、ぴょこんとお辞儀のように頭を下げた。


「……わん!」


 その声に、子どもたちの笑顔がこぼれる。


「ほらね、怖くないよー!」


 そんな声があがり、場の空気が和らいでいく。


 ギルドの登録手続きも完了し、《キズナ牧場》は王国公式の魔獣ギルドとして正式に認可された。

 これまで認可されなかった“非標準魔獣”や“放棄個体”たちを受け入れ、人と共に働き、報酬を得るための場として機能する。


「この場所は、ただの避難所じゃない。……魔獣たちが“自分の力で生きていく場所”だ」


 ティムの言葉に、バルゴが腕を組んでにやりと笑った。


「らしくなってきたじゃねぇか、団長さんよ」


「えっ、僕、団長……?」


「今さら何言ってんだ、看板に“代表者:ティム=フロスト”って書いてあったろうが」


「えぇぇぇえええっ!? それ、確認してなかったんだけどぉ!?」


 ティムの悲鳴に、リーネがくすくすと笑い、ミリアは「まったく……お人好しがすぎるのよ」と呆れ顔。


 そこへ。


 ――ゴォォォォッ……!


 遠くの空から、突風と共に黒い影が現れた。


「っ……あれ、飛行魔獣!?」


 アルが耳を立て、リーヴルが空を見上げる。


 王国方面の空に、幾つもの黒い影が飛び交っている。その中央に、大きな旗が掲げられていた。


「……あの紋章、まさか──!」


 ミリアが声を上げた。


 それは、かつて文献に記された“魔帝国”の紋章。金の輪に翼、そして三つ目の獣の象徴。


 ティムは看板の下で拳を握りしめた。


「……来たか、“次の段階”が」


 だが、その目は揺れていなかった。


 風にたなびく《キズナ牧場》の旗の下、少年は新たな決意を胸に抱いていた。


 そして物語は──次章帝の記憶へと動き出す。


 風が旗を揺らす音が、空へと吸い込まれていく。


 ティムはその下で、そっと拳を解いた。


「誰にも選ばれなかった僕が……今、誰かを迎える場所を作ってる。なんだか、変な感じだね」


 隣に並ぶアルが、にやりと笑う。


「お前が変わったんじゃねぇ。ちゃんと“自分を信じてきた”だけだろ」


 バルゴが背中をぽんと叩き、リーネは頷く。「その信じ方、すっごく不器用で、まっすぐで、……羨ましかった」


 ミリアが呆れたように口を開いた。


「まったく、あの頃は泣き虫で、ぼーっとしてたのに……今じゃ、ギルド代表ですって?」


「わ、わざわざ“泣き虫”から始めなくてもいいと思うけど……!」


 一同に笑いがこぼれる。


 そんな中、アルがぽつりと。


「……なあ、ティム」


「ん?」


「俺、今ちょっと泣きそうかもしれん」


 ティムは笑って、そっと耳元で囁いた。


「泣いていいよ。君が泣ける場所を作りたくて、僕はここまで来たんだから」


 アルの丸い瞳が、ほんのり潤んで、空を見上げた。


 風が吹き抜ける。


 旗が高く、高く──青空に向かって、はためいていた。


 


 * * *


 


 そして。


 キズナ牧場の看板の横には、小さく新しい一文が刻まれた。


 《ここは、君が“仲間”になれる場所》


 新たな物語の始まりとともに、少年と神獣の冒険は、優しく、静かに──


 幕を下ろした。



───⋆。゚☁︎。⋆。 ゚☾ ゚。⋆。゚☁︎。⋆───


ここまで読んでくださったあなたへ──

心から、ありがとうございました。


☆評価やフォローで応援していただけたら、とても嬉しいです。


また、いつかどこかで。

別の物語の中で、お会いできますように。




───⋆。゚☁︎。⋆。 ゚☾ ゚。⋆。゚☁︎。⋆───


【番外編もよろしくお願いします!】


●ツンデレ魔導士が召喚したのは、ツンデレ雪の精霊だった

https://kakuyomu.jp/users/yuzutone/news/16818622173191340813


・あらすじ:名門校の才女ミリアが召喚に成功したのは、雪の精霊リーヴル。

 最悪の第一印象から始まったツンデレコンビは、うまくやっていけるのだろうか?

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ゴミ捨て場で拾ったのは世界最凶の神獣でした〜選ばれなかった少年の下剋上 柚子 @yuzutone

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