第8話 新たな扉、新たな仲間
早朝から見物人や関係者たちが集まり、観覧席にはざわめきが満ちていた。
「今日こそ決まるかな、ミリア=スノウの演習再試験」 「前回は大暴走だったらしいぞ」 「精霊との共鳴が取れないらしいな……」
そんな噂が飛び交うなか、ティムはアルと共に最前列の観覧席に座っていた。
「大丈夫かな、ミリアさん……」
「なぁに心配してんだよ、信じてやれよ」
隣でアルがしっぽを振る。
そのとき、場内の空気がふっと変わった。
氷の結晶が舞うように、静かに、少女が歩み出る。
ミリア=スノウ。
銀髪を風に揺らし、精霊リーヴルと並んで立つ姿は、まるで冬そのもの。
「スノウ嬢、演習再試験。対象:氷精霊リーヴルとの共鳴確認――始め!」
ギルド幹部の声が響いた瞬間、場が静まる。
ミリアはゆっくりと杖を構えた。
その動きには、昨日までの焦りはなかった。
「リーヴル……ごめんね。ずっと、君の声をちゃんと聴こうとしなかった」
ぽつりと語られたその言葉に、リーヴルの体がふるふると震えた。
「私は……“強くなきゃ”って思ってた。失敗したら、バカにされるって思い込んでた。でも、違ったの。君と一緒にいるのが、楽しかった。それだけで、十分だったのに」
「ミリア……」
リーヴルが、そっと彼女の手に触れる。
次の瞬間──
空気が変わった。
氷の魔力がふわりと立ちのぼり、演習場に冷気が広がる。
けれどそれは、寒さではなかった。
──美しかった。
氷の花が、ひとつ、またひとつと地面に咲き始める。
雪の結晶が舞い、リーヴルの身体がまばゆい光に包まれていく。
「これが……完全共鳴……!」
ギルド幹部が思わず身を乗り出す。
観覧席からは、どよめきが広がっていた。
「まるで……雪が祝福してるみたいだ」
ティムが呟くと、アルも小さく「くぅん」と鳴いた。
氷の魔法はもはや“技術”ではなかった。
それは、心と心が繋がることで咲いた、奇跡のような力だった。
* * *
やがて魔力が静まり、氷の花がひとひら、リボンの上に落ちた。
ミリアは、ゆっくりとリーヴルの顔を見つめる。
「ありがとう。……もう一度、君と“始められて”よかった」
「うんっ!」
リーヴルの声は、いつにも増して弾んでいた。
場内はしばしの沈黙のあと、拍手に包まれた。
ギルド幹部が頷きながら言う。
「合格。完全共鳴、並びに魔力制御能力、共に確認」
「やったー!」
リーヴルが空中でくるくると回り、ミリアがふっと笑う。
その笑顔は、これまでのどれよりも柔らかく、美しかった。
* * *
試験終了後。
ティムが近づくと、ミリアはそっぽを向いたまま口を開いた。
「……少しは、見直した?」
「え?」
「あなたの言葉……ちょっとだけ、効いたみたい。……だから、興味が出たの。あなたの“共鳴の仕方”に」
ティムは思わず笑ってしまった。
「それってつまり──」
「──べっ、別に好意とかじゃないわよ!? ただ、観察対象として……ほんの少しだけ、ね」
リボンが、風にふわりと揺れた。
ほどけた心が、もう一度、結ばれ始めたその時──
“仲間”という言葉が、確かにそこに生まれていた。
* * *
昼下がり、王都ギルド前の通りはいつもより穏やかだった。
荷車が軋みを上げて通り過ぎ、空では精霊鳥が軽やかに鳴いている。
そんな中で、ティムは旅支度の袋を背負いながら、アルと並んで歩いていた。
「さて、そろそろ次の街に向かおうか……」
「お、ついに出発か? 次の町にはうまい肉屋があるといいな」
いつものようにお気楽なアルの声に、ティムは苦笑する。
が──その瞬間、背後からぴしゃりと鋭い声が飛んできた。
「ちょっと、待ちなさい!」
「ひゃっ……!?」
ビクリと振り返ると、そこにはツインテールの銀髪をなびかせた少女。
杖を腰に、何やら勝手にイライラしている様子のミリア=スノウが立っていた。
「な、なんでしょうか……?」
「……あなたたち、次の目的地はどこ?」
「えっと……とりあえず、王都の東にある精霊の泉を……」
「ふーん、そう。じゃあ、同行させていただくわ」
「へ?」
ティムの思考が止まった。
「お、お、お供ですか!?」
「ち、ちがっ! べ、べつに仲間になってあげるとかじゃないんだから!」
ミリアが顔を赤らめ、ぎこちない手つきで鞄を持ち直す。
「私はただ……あなたの“観察”が必要なの。昨日の演習、あなたの共鳴の仕方……あれは明らかに“異質”だった。だから、研究対象として同行するの。わかった?」
「……は、はい」
「ふん、よろしい」
そのくせミリアの耳はほんのり赤く、リーヴルがニヤニヤしながらティムの耳元で囁く。
「ほんとはね、ミリア……“一緒にいたい”んだよ?」
「リーヴルッ!」
「ごめんなさ~い☆」
少女のツンとした背中の向こうで、ティムは小さく笑った。
* * *
ギルドを出る直前。
ふとした拍子に、ティムは資料室の棚に差し込まれた一冊の古文書を見つけた。
表紙はほこりだらけ、革張りの装丁にはかすれた文字。
『魔帝国 - 歴史記録断片集 -』
ティムは反射的にそれを引き抜いた。
(魔帝国……)
アルの力の源。
そして、過去に“帝獣”と呼ばれた存在に繋がる鍵。
「……これは」
旅の荷物にそっと加えた瞬間──風が静かに、何かを運んだ気がした。
* * *
夜のギルド資料室は、昼間の喧噪が嘘のように静かだった。
ランプの灯りが棚の影を長く引き、積まれた古文書に金と琥珀の光を落としている。
「……あった。たぶん、これだと思う」
ティムは埃を払いながら、一冊の革表紙の書を取り出した。
『魔獣たちの王国──魔帝国興亡史』
タイトルの文字は掠れていたが、その中に確かに「魔帝国」の名が記されている。
「ティム、こっちにも似た記録があるわ。“帝獣”って言葉、数回出てきてる」
ミリアが棚から取り出した別の巻物を開いて読み上げる。 そこには、かつて魔獣たちによって築かれた独立国家──“魔帝国”の記録が綴られていた。
「“王と呼ばれし魔獣、アル=ノクス。その名の下に、四獣将が従った”……」
「っ……!」
ティムの隣で、アルがびくりと肩を震わせた。
「アル?」
彼の目は見開かれ、書に記された自分の名を、まるで“知らないはずなのに懐かしい”ものを見るように見つめていた。
「今、何か……思い出した?」
「わからない……けど……何かが、疼いた」
アルは自分の胸元を押さえた。
「俺の名前……“アル=ノクス”。誰かが、何度も、何度も呼んでた気がする。でも、顔が思い出せない……声だけが、耳の奥で響いてるんだ」
ミリアが眉を寄せ、そっと口を開く。
「進化した後の君の魔力、確かに普通じゃなかった。理論値を超えてた。“記憶の封印”が、共鳴で緩んだのかもしれないわね」
ティムは静かにアルの隣にしゃがみ込んだ。
「アル。大丈夫。君が誰だったとしても、今の君を信じてる」
ティムの言葉に、アルがふと笑った。
「へへ……なんだそれ。お前、まじで変わってんな」
「まあ、よく言われる」
いつものように軽口を交わすふたりに、ミリアがふっと鼻を鳴らした。
「……お人好し。だけど……そういうところが、少しだけ、嫌いじゃないわよ」
「……ティム」
「君が“王”だったとか、“帝”だったとか、そういうのは関係ない。俺は、君と出会って、一緒に歩いてきた。その“今”を信じたい」
「お、これはほめ言葉って受け取っていいんでしょうかね?」
「勘違いしないで。ほんの、ほんの少しだけよ」
その瞬間、資料室の窓の外で風が舞った。
アルがふいに、外の夜空を見上げる。
月が雲に隠れ、星々が凍りついたように瞬いている。
「……なあ、ティム」
「ん?」
「……俺は、何者なんだろうな」
小さな呟きが、闇に溶けていった。
答えのない問いかけ。
けれど、その問いこそが──旅の次なる扉を開ける鍵だった。
───⋆。゚☁︎。⋆。 ゚☾ ゚。⋆。゚☁︎。⋆───
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
ぜひ☆評価とフォローで、ティムたちの旅を応援してください。
物語は新たな章へ。次なる扉が、いま静かに開きます──。
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