第6話 <電柱に貼られたQRコード>

 A県I市に住む栗原綾子さん(十七歳)は、その日近所に住む友人と出掛けるために家を出た。栗原さんが住む周辺は田舎すぎず都会すぎない、住むのにちょうどいい場所だったと本人は言う。


 栗原さんは小学校からの付き合いである友人と近くでランチでもしよう、と約束していた。歩いて十分ほどのところに小さな喫茶店があり、そこが栗原さんたちのお気に入りの店になっていた。


 両親と実家暮らしをしていた栗原さんは母親に出かけることを伝えて家を出たわけだが、しばらくして不思議な張り紙を見つけることになる。

 

 電柱に真っ黒な何かが貼られている。


「なんだろう、あれ」


 目を凝らして近づいてみる。遠目からではただ真っ黒にしか見えなかったそれは、近くで見てみると正体がわかる。


 真っ白な紙の真ん中に、大きくQRコードだけが印字されていた。


 そのほかは何も記されていない。これが何なのか、何の目的で貼られているのかもちっともわからなかった。


「変なの」


 一人で呟いた栗原さんは、一旦無視して友人の待ち合わせ場所へ急いだ。だが、その張り紙はすべての電柱に貼られていることに気づき、彼女はぞっとした。まず電柱に張り紙がしてあること自体、あまり見かけない。


 嫌な気持ちになりつつも通り過ぎ、見慣れた公園が見えてきた。そこにはすでに友人が待っていた。


「ごめん、お待たせー!」


「全然待ってないよ! 行こうかー」


 そんなことを言いながら二人で並び、歩き始める。だがすぐに、友人が顔を顰めてこんなことを言いだした。


「なんかさ、近所に変な張り紙がたくさんあったんだけど」


「QRコードのやつ? 私の家の近くにもずらっと貼られてたよ。あれ、何の張り紙なんだろう?」


 栗原さんと友人は、互いに首を傾げた。


「QRコード以外何も書いてなかったと思うんだけど」


「逃げたペットを探しています! とかなら、写真と特徴とかが書いてあるだろうし、そもそも見出しぐらいつけるよね?」


「何なんだろうね、あれ」


 二人の会話は得体のしれない張り紙で盛り上がる。そしてそんな彼らのすぐ目の前に、あの紙が貼られた電柱が見えてきたのだ。当然、二人は足を止めてその張り紙をじっと見つめた。


 張り紙はつい先ほど張られたかのように綺麗な状態だった。ただ、それを張っているのは手で引きちぎったような紙テープで、さらに真っすぐではなくひどく歪んでいた。


 友人がついに、うずうずとし始める。


「ねえ、これ内容気にならない?」


「えーそりゃ気になるけど……怪しすぎて読み取る気にならないよー。いたずらで、グロ動画とかエロ動画とかの可能性が高い気がする。あとウイルスとか!」


「いたずらでここまで労力使うかな? 今ならネットに流したり、メールで送りつけたりできるし……」


「まあ確かに。でも普通じゃないからこそ怖いんじゃない。無視した方がいいよ」


 栗原さんはそう言ったが、好奇心が強い友人は我慢しきれなかった。彼女はカバンからスマホを取り出し、QRコードを読み取り始めたのだ。栗原さんが慌てて止める。


「ちょっと、大丈夫なの!?」


「だって気になるし……」


 どこかわくわくしたようにスマホを操作する友人を、栗原さんもつい覗き込んだ。なんだかんだ、彼女も内容が気になっていたのだ。


 飛んだ先には、一本の動画があるようだった。友人と二人で顔を見合わせる。


「動画だね」


「やっぱり変な動画なんじゃない?」


 だが止める暇もなく、その動画は勝手に再生されてしまった。結局二人して、その動画を恐る恐る眺めることになる。


 動画は非常に画質が荒く、そして全体が暗かった。夜の中で撮影されたのだろうか? 二人は目を凝らして動画に見入る。


 場所は野外で撮られたものらしかった。かすかにだが、カサカサと木々が揺れる音が流れてくる。動画はしばらく闇ばかりを映していて変化がなかったが、しばらくするとぼんやりと何かが浮き上がってきた。


 動画の真ん中だが、距離があるようでかなり小さい。しかし時間が経つにつれ次第にはっきりと変化し、それが青い服を着た人間であることが分かってきた。


 ワンピースだ。真っ青なワンピースを着た女が、小さく左右に揺れながら何をするでもなく突っ立っている。


 夜の色に青い色はやけに映えた。それは不気味なほどで、女の顔や髪形などはほとんど見えないのに、青いワンピースが揺れている事だけはしっかり見えるのだ。


「ね、ねえこれ変じゃない? 止めた方がいいかもよ」


「うん、不気味すぎ……やっぱりいたずらなのかも」


 そう言って友人が画面を閉じようとした時、当然画面に白い文字が流れた。


 イスルギ ミサト ヲ サガシテイマス


「……」


 二人は絶句して動画を見つめる。あまりの不気味さに声も出なかった。


 イスルギ ミサト ヲ サガシテイマス


 シッテイルヒト ジョウホウ ヲ クダサイ


 イスルギ ミサト ヲ サガシテイマス


 イスルギ ミサト ヲ サガシテイマス



 延々と流れる白い文字に、二人は小さな悲鳴を上げた。


「ヤバくないこれ?」


「怖い、普通じゃないって!」


 見たところ動画はまだ一分ほど残っている状態だったが、友人はすぐに消した。もう関わりたくない、とばかりに記載されていたURLも削除する。


 何も映らなくなったスマホを、しばらく二人で呆然と眺めていた。時間がいくらか経った後、友人は後悔したように呟いた。


「やっぱり見るんじゃなかった……何だったんだろう、あれ」


 栗原さんも体に残るぞくぞくとした寒気に腕を振るわせながら、それでも気丈に振舞う。


「手の込んだいたずらだったんだよ! 凄いね、新しい手法なのかも!」


「いたずらなのかなあ……人の名前が出てなかった?」


「いたずらだよ、いたずら。お腹空いたし早くお店に行こうよ」


 もう話題を切り上げたくなった栗原さんは友人を笑顔で促した。友人はまだ動画のことが気になるようだったが、栗原さんについて喫茶店へ向かった。


 その後、二人が喫茶店から出るときも張り紙は張られたままだったようだが、無許可で貼られたものだったため、翌日には全て撤去されていたらしい。近所の人に張り紙について聞いてみたが、みんな存在は認識していたもののQRコードを読み取った人まではいないようだった。


 栗原さんは、動画を最後まで見なかったため、ラスト一分がずっと気になっているようだ。


「人探しをしている動画で、『情報をください』という文面なら、その情報を送る連絡先の記載があったはずですよね。電話番号とかアドレスとか……私は見れなかったラスト一分に、そういう情報があったのかなと思うと気になりますが、全部見る勇気は未だにないですね」


 栗原さんはそう語っていた。

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