第2章 まじない師の青春

1恋心

第11話 ディネッタ

 ハイトは同級生の恋愛成就のためにミサンガは編むが、自身は恋心というものを覚えたことがなかった。単に気の合う人がいないからか恋愛自体に興味がないからか定かではない。

 恋愛成就のミサンガを編んでいると様々な噂に接する。特に同級生同士の恋愛だと思い人が被ることもあり、話を聞いているだけで苦しくなった。

 ある日の放課後、ディネッタという女子生徒がハイトに恋愛成就のミサンガを依頼した。彼女は思い人の名前を明かさなかったが、ハイトは噂でその相手を知っていた。具合の悪いことに、すでに恋人がいると噂されている男子生徒だった。この噂が本当ならミサンガを編んでディネッタを応援しても、彼女の思いは叶わない。彼女に略奪を企てるような邪心は感じないし、むしろ運命に従う高潔さをはっきりと感じる。それだけに、つらい思いをするかもしれない。――ハイトは戸惑いを隠しつつもミサンガ作りを引き受けた。隠したつもりでも、動揺は伝わってしまったかもしれない。ディネッタはハイトに依頼を済ませると赤い夕日に髪をなびかせて帰っていった。

 帰宅後、ハイトは息つく間もなく糸選びに入った。特に指定のない限り恋愛成就のミサンガにはピンク系の糸を使う。ディネッタも色の指定をしなかったので、彼女に相応しい色を選ぶ。ピンク系には孤高且つ品のあるピンクサファイアを。そしてもう一つ、ディネッタの心に光を灯す色として、柔らかくあたたかみのあるクリームイエローの糸を選んだ。この二つの糸でミサンガを編む。

 誰かを思う人の心を無理矢理捻じ曲げることはできない。ハイトにできるのは祈ることだけだった。

 ディネッタから直接思い人の名前を聞いたわけではないのだから、もしかしたら噂とは違う人を好きになったのかもしれない。男子生徒の恋人の話も本当のことかどうか分からない。噂に惑わされて悲観し過ぎるのはよくない。彼女の平穏を願い、糸を編む。失恋してつらい思いをする人はたくさんいる。ハイトのミサンガに効果などなかったと言って激昂する人もいる。ミサンガを目の前で投げ捨てられたり踏みにじられたりしたこともあった。

「呪術品は持ち主の心を守るもの。持ち主が呪術品を打ち捨てることで精神を保てるのなら、その呪術品は立派に役目を果たしたと言える」

 同じく呪術品を目の前で壊される経験を何度もしてきたシルビアは、そう言ってハイトにまじない師としての心構えを教えた。

――ディネッタ、君の願いが叶うかどうかは分からない。でも、僕は君の幸せを心から祈る。どんな時でも一人ではないと、分かってほしい。

 ハイトもシルビアの編んでくれたミサンガに支えられてきた。今度は自分のミサンガで誰かを支えたい気持ちがあった。

 満月の光が降り注ぐ夜、ハイトは糸の繊維の奥底にまでまじないを掛けるつもりで丁寧にミサンガを編んだ。

 人に恋をする気持ちはハイトには分からない。だが、失恋のつらさはよく分かる。矛盾した考えだなと我ながら呆れた。

 どんな結果になろうとも、ディネッタの心が壊れずにいてくれることを、ハイトは祈った。

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