第3話 親睦
俺は口下手で、女性のエスコートも苦手だ。
過去の乏しい女性との交流記録が思い出される。
クラスメートの女子からチョコレートをもらったのに、お返しを渡せなかったこともある。
部活の後輩とデートのようなことをした事もあるが、上手く会話を続けることができずに散々な思いをしたし、彼女にも嫌な思いをさせた。
買い物先の店員が若い女性だと、緊張してこちらの意図を上手に伝えることができない。
そんな俺のダメダメな雰囲気を察してくれたのだろう。
ライカは会話の主導権を握り、彼女自身のことを話してくれた。
彼女は俺と同じように「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」のサービス開始時に単身ログインして、そのまま仲間を作らず単騎プレーヤーとして遊んでいた。
サービス開始当初の男女比は3対1くらいで(俺はそんな比率を気にした事もなかった)、この手のゲームとしては女性の数が多いほうだったという。
今となっては昔の話ではあるが、「ゲームは男の遊び」という時代が長く続いたことを思えば、奇跡のような数字であるらしい。
うっとおしいナンパの
ゲーム世界の広大さや美しさ、そして自由さが彼女の心をとらえた。
冒険は順調で、楽しい日々はあっという間に過ぎ去っていった。
そして、あの事件が起こったのだった。
それ以降の「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」は、まさに牢獄の様相に様変わりした。
プレーヤーたちの心は歪み、荒んでいった。
極限状況下の人間心理として、男は女を、女は男を求める。
ライカ自身はその例外だったが、本人が望まなくても男たちは彼女を求める。
あからさまな秋波から強引な求愛まで、多くの身勝手な感情が彼女の心を傷つけた。
男を求める女たちの嫉妬も、また恐ろしかった。
あの当時は、男の庇護を得ることで安全と生活の保証を求める女性プレーヤーが急増していたのだ。
女の戦いは、男のそれのように単純ではない。
陰湿で遠回しな攻撃は、ますます彼女を集団から遠ざけることになった。
こうして、もともと単騎プレーヤーであった片手剣の女剣士ライカは、そのまま単騎プレーヤーであり続けることとなった。
フルフェイス型の兜と、身体のラインが目立たないことを優先する装備を整え始めたのも、この頃からだという。
俺が彼女を少年と勘違いしたのは、女性と悟られぬよう意図的に仕掛けられたトリックのせいであり、ある意味で当然のことだったのだ。
ライカの話がひと息ついたタイミングで、俺は深いタメ息をついた。
「あ、ごめんなさい。話が重すぎたね」
彼女の言葉に、俺はかぶりを振る。
「いえ、そういうつもりじゃないんです。ただ⋯」
どう表現すれば良いのか考える。
「ただ俺、考えたこと無かったんです。そういう、女の人の苦労みたいなの」
「男の人って、そうよね」
彼女は快活に笑うと、言った。
「マナー違反かもしれないけど、シローさん、歳は?わたしは18です。もうすぐ19だけど」
いきなりリアル年齢を聞かれる。
従来の常識に照らせば確かにマナー違反っぽい質問だが、なんだろう、悪い気はしなかった。
「俺はちょっと前に、19に」
「え〜っ、同い年じゃん!」
いきなりフランクになる。
これが「同い年発覚あるある」とういう現象か。
「うん、一人暮らしを始めたタイミングで閉じ込められたんだ」
「わたしは実家だけど、同じね。新しい生活がスタートしたばかりだった」
「うん」
同い年なら、おそらく高校を卒業して次のステージに向かうタイミングだったのだろう。
進学か就職あたりが妥当な選択肢だが、あえて聞くことでもないし、そういう設定なだけかもしれない。
「ええと、なんでいま年齢を聞かれたんだっけ?」
「あ、え〜っとね。⋯なんだっけ?」
「いや知らんけど。俺が女の人の大変さを知らない、って話をしたら」
「ああ、そうそう。ええとね、深い意味はなかったんだけど、ちょっと聞いてみたくなったのよ」
「すごいな。オンラインでそういうのを聞くのって、かなり親しくなってからだと思ってた」
「いや、わたしもそう思ってるよ。ただ、シローなら聞いても良いような気がしたの」
「それは、ありがとうでいいのかな?それともナメられているのかな?」
「う〜ん、わかんない。なんかね、勘よ」
「まぁ、勘は大事だよね」
「冷静かよっ!」
俺たちは笑った。
それは俺にとって、久しぶりに出た自然な笑顔だったと思う。
彼女にとってもそうだとしたら、食事の誘いに応じたことは正解だったのだろう。
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