第16話 愚かな策謀※ヴィヴィアン視点

 書斎から戻ったヴィヴィアンの表情は、灰のように青ざめていた。彼女は優雅に装飾された部屋に戻るなり、力なく椅子に崩れ落ちた。小刻みに震える手で、彼女は髪を撫でつけようとしたが、うまくいかなかった。


「なんなのよ、もう!」




 お父様に抗議してもらったが、失敗だった。逆に、反省していないと指摘されて、ヴァンローゼ家は爵位を取り上げられる可能性まで示唆されてしまったという。


「あれ以上続けていれば、爵位剥奪の可能性まであった。だから、無理だ」


 父の声は疲れ切っていて、彼女が見慣れた頼りになる貴族の面影はなかった。引き下がるしかないという父の諦めの態度で、ヴィヴィアンは期待を失った。




「どうして、わかってくれないのよ……」


 彼女は拳を強く握りしめた。


「悪いのは全部奴らなのに!」


 エドモンドの嘘。エレノアの密告。そのせいで、ヴァンローゼ家の名誉が地に落ちようとしている。


「このままじゃ……ダメよ」


 彼女は突然立ち上がり、鏡の前に立った。未来のないヴァンローゼ家に残るという選択肢はない。彼女はそう確信していた。


「やっぱり……元通りにしなくちゃ」


 ヴィヴィアンは冷静に考え始めた。最悪な現状から逃れるには、自分がウィンターフェイド家に戻るしかない。婚約破棄をなかったことにする。しかし、そのためには障害があった。


 ジュリアン。


 彼女の新しい婚約者。今となっては邪魔な存在でしかない。少し前まで、彼に対して愛が溢れていると思ったのに。あのタイミングこそ、神からの天啓だと思ったのに。その選択は、大きな間違いだった。




「お前のせいで、実家から追放されてしまったんだぞ! どうしてくれる」


 ジュリアンが、ヴィヴィアンに怒りの表情で詰め寄ってくる。彼が居た部屋は散らかり放題で、投げ出された服や空き瓶が散乱している。そんな場所で、二人は会っていた。


「私のせいじゃないわよ」


 ヴィヴィアンは冷たく返した。


「ローランス家は、ヴァンローゼ家の噂を聞いて、俺を追放したんだ!」


 悪評高いヴァンローゼ家と関わるのはローランス家の恥になる。だから、関わらないようにするため息子ごと関係を断ち切った。


「こうなったら、絶対に君と結婚してヴァンローゼ家に入って俺が当主を引き継がせてもらうぞ」


 ジュリアンの声には焦りがあった。もはや彼にはローランス家に戻る道はなく、ヴァンローゼ家こそが彼の唯一の望みだった。


 ヴィヴィアンは内心で嘲笑した。こんな男と一緒にヴァンローゼ家に残ったところで、何も変わらない。むしろ状況は悪化するだけ。この男には、先を見通す力がまるでない。


「私は、ウィンターフェイド家に戻るつもりよ。貴方と結婚なんて出来ないわ」


 彼女の言葉は、静かながらも断固としていた。


「なんだと!?」


 ジュリアンの顔が怒りで真っ赤になった。俺のことを見捨てるのか。そんな気持ちで彼は一歩前に出て、ヴィヴィアンを睨みつけた。


「ちょっと落ち着いて。話を聞いてよ」


 ヴィヴィアンは冷静に言った。


「……何だ?」


 ジュリアンは落ち着きを取り戻そうとして、深呼吸をした。


「私には計画があるの」


 彼女は静かに微笑んだ。その微笑みは、かつてエレノアを痛めつけるときと同じものだった。


「お姉様を、どうにかしてヴァンローゼ家に戻すの。そして私がウィンターフェイド家に戻る。全てを元通りにするのよ」


 彼女の言葉に、ジュリアンの目が驚きで見開かれた。


「はぁ? だったら俺は、どうすればいいんだ!」


 彼の声は半ば絶望的だった。ヴィヴィアンは内心で『少しは自分で考えなさい』と思ったが、そんな言葉は飲み込んだ。今は、彼を味方につける必要があった。


「ヴァンローゼ家に戻ってきたお姉様と結婚すればいいのよ。そうすれば、貴方の思うがままに出来るわよ」


 彼女の声は蜜のように甘かったが、その目は冷たく計算高かった。


「お姉様はおとなしい性格だから、何を言っても逆らわないわ。貴方の言うことを素直に聞くはずよ」


 ジュリアンは顎に手を当て、考え込んだ。


 どうやら、ヴィヴィアンよりもエレノアの方が扱いやすいらしい。そして、どちらにしろ貴族の地位を得られるというのなら。


「わかった。そうしよう」


 ジュリアンは、ヴィヴィアンを妻にするよりも、おとなしい性格らしいエレノアの方を妻にしたほうが、この先楽そうだと考えた結果、彼女の計画に乗ることにした。


 とにかく、貴族という立場を再び手に入れるためにも必死だった。このままでは、一般市民と変わらない地位だなんて耐えられない。揉めるよりも解決を優先する。


 彼らは、互いの目を見つめた。そこには愛情や信頼はなく、ただ打算と欲望だけがあった。二人は手を組んで、自分たちの未来を確保しようとしていた。

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