第13話 真実の告白
スプーンがスープの表面を静かに切り分ける音が、食堂に響いていた。
エレノアは緊張から少し硬くなった指先でスプーンを握り、料理に集中するふりをしていた。目の前に座るエドモンドの姿は、やはり彼女の記憶にあるものとは違っていた。
エレノアは時折、彼の顔を盗み見ては、すぐに視線を料理に戻した。
「どうだ? 料理は口に合うか?」
エドモンドの声に顔を上げると、彼の琥珀色の瞳が彼女を見つめていた。
「はい、とても美味しいです」
それは単なる社交辞令ではなかった。いつも用意されている料理だが、今日の食事はエレノアの口には特別に美味しく感じられた。
「前回よりも、もっと良く食べるようになったな」
エドモンドの言葉に、エレノアは微かに頬を赤らめた。確かに、初めて会った時よりも彼女は遠慮なく食事を楽しんでいた。それはウィンターフェイド家での生活が、彼女に安心感を与えていた証拠だった。
「用意した本は、気に入ったか?」
自然な流れで会話が始まった。エドモンドの問いかけに、エレノアの表情が明るくなる。
「はい、とても! ただ、量が多すぎて全部は読み切れていません」
「君が、どんなジャンルが好きか分からなかったから、とりあえず色々と揃えさせたんだ。あの中から気に入った本を見つけられたのなら、良かった」
エドモンドは少し照れくさそうに微笑んだ。その表情があまりに自然で温かいため、エレノアは思わず見入ってしまった。
「どの本も初めて読むもので、面白い物語が沢山でした」
「そうか」
「歴史書と、それから医学書も面白くて」
「医学書? 意外だな」
「怪我の治療法や薬草の知識があれば、いつか役に立てるかもしれないと思って」
役に立ちたい。彼女の言葉に、エドモンドの目が優しく細められた。
「とても熱心に勉強していると聞いている。無理はしていないか?」
彼の声には本物の心配が滲んでいた。
「いいえ、無理はしていません。とても楽しくて、もっと知りたいと思うことばかりです。ただ……」
エレノアは少し言葉を選びながら続けた。
「やっぱり私は、いつかウィンターフェイド家の役に立てるようになりたいと思って」
彼女の言葉に、エドモンドはグラスを置き、真剣な表情で言った。
「家のためを思ってくれて、俺は嬉しい。だが、くれぐれも無理はしないように」
「はい。心配してくださって、ありがとうございます」
会話の間には、さり気なく侍女たちが静かに料理を運び、空の皿を下げていった。メインディッシュが運ばれてきた時、エドモンドは何かを決意したように背筋を伸ばした。
「エレノア、君も気になっていると思うが……」
彼の声のトーンが変わり、エレノアは思わず呼吸を止めた。
「世間でも噂になっている俺の怪我の話、実は嘘なんだ」
「そうだったのですか?」
エレノアの目が大きく見開かれた。今の彼の姿を見れば、怪我していなかったことは理解できる。でも、どうして怪我もしていないのに全身に包帯を巻いていたのか。世間の噂を否定しないで、そのままにしていたのか。
エドモンドは頷き、声を落として理由の説明を始めた。
「とある組織の者、王国に仇なす者を捕縛するために、敵を油断させる作戦だった。騎士団が主導で行う計画だった」
彼の表情は厳しく、騎士としての責任感が滲み出ていた。
「騎士のお仕事のために怪我を負ったフリをしていた、だけなのですね」
どうして怪我しているフリをしていたのか話を聞いて、エレノアは理解を示す。
「騙して、すまなかったな」
「いいえ、そんな。謝らないでください。騎士としてのお仕事ですもの」
エドモンドは彼女の反応に安堵したように見えたが、エレノアの心には別の不安が湧き始めていた。彼女は手元の皿を見つめながら、勇気を出して尋ねた。
「もしかして、ヴィヴィアンとの婚約破棄も計画の一部、だったのですか?」
その問いには、彼女自身の立場に対する不安が隠されていた。エドモンドはそれを見抜いたように、すぐ首を横に振って否定する。
「いや、それは関係ない。……いや、関係ないこともないが偶然だ」
「どういうことですか?」
エレノアは息を詰めながら、彼の説明を待った。
「もともと俺は、婚約を破棄するつもりはなかった。ヴァンローゼ家からの提案で婚約破棄となり、婚約相手の代わりとして君が送られてきたから全て受け入れた」
エドモンドは慎重に言葉を選びながら続けた。
「婚約破棄と代わりの婚約相手を受け入れる。この流れは、ウィンターフェイド家の跡継ぎに問題が起きているという噂の信憑性を高める、良いカモフラージュになってくれた。なので、後から計画の一部に組み込ませてもらった」
「なるほど」
エレノアはゆっくりと頷いた。計画を成功させるために、色々な状況を利用する。彼の話を聞いて、王国の安全を守るための騎士の仕事がいかに複雑かを垣間見た気がした。
「つまり、君の妹のヴィヴィアンとの婚約破棄は本当のことだ」
その言葉にエレノアの心は少し軽くなったが、エドモンドはまだ何か言いたそうにしていた。彼は言葉を選ぶように一瞬間を置き、決心したように口を開いた。
「実を言うと、俺は騎士の仕事が第一優先で結婚には積極的ではなかった。だから、君の妹との婚約が破棄になっても何も気にしなかった。代わりに君が送られてきても何も変わらない。そう思った」
「そう、なのですか……」
エレノアの声は小さく、彼女の目に不安の色が浮かんだ。もし結婚に積極的でないのなら、彼にとって私もまた重荷なのではないか。その思いが彼女の胸を締め付けた。
「だが」
エドモンドはテーブル越しに身を乗り出し、彼女の目をまっすぐに見つめた。その瞳には強い決意が宿っていた。
「まだ会うのは二度目だが、君のこと、結婚というものに興味を持った」
「え」
エレノアは自分の耳を疑った。彼が本当にそう言ったのか確かめるように、彼の顔を見つめ返した。
「これからは、俺の婚約相手として真剣に付き合ってくれないか? 俺も、君との結婚のことを真剣に考えようと思っている」
その言葉に、エレノアの胸の内で何かが溢れ出した。彼女の目に涙が浮かび、頬が熱くなるのを感じた。
「ッ! は、はいッ! もちろん私も、エドモンド様と過ごす日々が楽しみです。これからも、付き合っていきたいです!」
彼女の言葉は感情に溢れ、普段の控えめな様子からは想像できないほど熱を帯びていた。エドモンドはそんな彼女の姿に、満足そうに微笑んだ。
彼らの間に流れる空気は、最初の緊張感から温かな親密さへと変わっていた。デザートが運ばれ、二人は心地よい会話を楽しんでいた。
食事が終わりに近づくと、エドモンドの表情が再び引き締まった。
「これだけ言っておきたい。君の実家であるヴァンローゼ家のことなんだが、もしかしたら対立することになるかもしれない」
「えっ」
予想外の言葉に、エレノアは驚いた。
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