第12話 二度目の対面
ウィンターフェイド家での生活も、気がつけば三ヵ月が過ぎていた。
花々が咲き誇る春から、木々が深緑に色づく夏へと季節は移り変わり、屋敷の庭園の景色も日々変化していった。それと同じように、エレノアの中の何かも少しずつ変わりつつあるように感じる。
毎日きちんと食事を摂り、教育係から様々な知識を学び、侍女たちに支えられながら生活する日々。今まで知らなかった「普通」の生活が、エレノアの心を穏やかにしていた。
鏡に映る自分の姿も、少しずつ変わってきた。以前の痩せこけた体に少し肉がつき、顔色も良くなった。常に伏せがちだった目も、今では前を向いて歩けるようになっていた。積み重ねた日々で、前よりも自信を持てるようになったから。
そんなある穏やかな午後、書庫で医学書を読んでいたエレノアのところに、執事のパーカー氏が訪れた。
「エレノア様、お時間よろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
エレノアは本に栞を挟み、彼に向き直った。
「エドモンド様からのお言付けです。明日の夕食を共にされたいとのこと」
その言葉に、エレノアの心臓が跳ねた。
「エドモンド様と?」
「はい。ようやく仕事の区切りがついたようです」
あの日以来、三ヵ月近く。二人は同じ屋敷にいながらも、一度も顔を合わせることはなかった。屋敷の中で、すれ違うことも一切ない。彼は騎士としての職務で忙しく、エレノアも学びの日々を過ごしていた。
時折、侍女やパーカー氏から彼の様子を聞くことはあったが、それも「お元気です」「お仕事に集中されています」という程度の情報だけ。
本当のところ、彼が会いたくないのではないかという不安もあった。代わりの婚約者など、望んでいなかったのかもしれない。
「明日の夕刻六時、食堂に」
「わかりました」
パーカー氏が去った後、エレノアの胸はどくどくと高鳴り続けた。エドモンド様と二度目の対面。その事実だけで、心が落ち着かない。
部屋に戻り、鏡の前に立つ。この三ヵ月で少しは変わったかもしれないが、それでも婚約者としてふさわしい存在になれただろうか。前と比べたら良くなったはずだけれど、彼の目に、どう映るのだろう。エレノアは、それが心配だった。
期待と不安が入り混じる感情を抱えたまま、彼女は眠れない夜を過ごした。
翌日、一日中そわそわとして過ごしたエレノアは、夕刻になると侍女の助けを借りて念入りに身支度を整えた。
「このドレスが一番お似合いです」
侍女が持ってきてくれたのは、淡い青紫色のドレス。刺繍が施された襟元と袖口が、上品さを添えている。エレノアは、こんなに素敵なドレスを自分が来て良いのか、と今も考えてしまう時がある。けれど、せっかく用意してくれたからこそ、きっちり着こなす。そう考えられるように、彼女は変わっていた。
「髪も少し巻いてみましょうか?」
「お願いします……」
鏡の前に座り、侍女たちの手によって髪が整えられていく間、エレノアの緊張は高まるばかりだった。
何を話せばいいのだろう。どう振る舞えばいいのだろう。初めての対面の時は、挨拶するだけで精一杯だった。でも今回は、きちんと会話をしなければならない。
「大丈夫ですよ、エレノア様」
エレノアの不安を見抜いたように、髪を整えてくれている侍女が言った。
「エドモンド様は怖い方ではありません。それに、エレノア様のことをとても気にかけていらっしゃいますよ」
「本当?」
「はい。毎日のように、エレノア様の様子を尋ねていらっしゃいましたから」
その言葉に、少し心が軽くなった気がした。
時刻は六時前。食堂に案内されたエレノアは、既に準備された席に腰掛けた。いつも食事をしている場所なのに、今夜は違って見える気がすると感じたエレノア。
丸いテーブルには白い布が掛けられ、銀の燭台に灯された蝋燭が優しく揺れている。窓の外は夕暮れ時で、紫がかった空が見えた。
ドアが開く音に、エレノアは思わず立ち上がって背筋を伸ばした。
「あ」
エレノアは、思わず声を漏らした。やって来た彼は、彼女の想像していた包帯を巻いた姿ではなかったから。
白い包帯は姿を消し、整った顔立ちを隠すものは何もない。彼の肌は日に焼けたような健康的な褐色で、彫刻のような額と鼻筋、引き締まった顎が印象的だった。
怪我をして包帯を巻いていたはずだけど、傷跡は一つも見当たらない。けれど琥珀色に輝く、力強くて鋭い瞳を見れば、その人物が間違いなくエドモンド様だと分かる。エレノアにとって、一度目の対面で印象的だった、あの瞳だから。
「エドモンド、さま?」
「すまない、エレノア。少し遅れたか」
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