第2話 妹の自慢

 ある日のこと。


「あら、お姉様?」

「……ヴィヴィアン」


 自室から出た瞬間に、妹のヴィヴィアンと出会ってしまった。侍女たちを三人も引き連れたヴィヴィアンは、わざとらしい声で話しかけてくると楽しそうにニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべていた。まるで王女様のような佇まい。


 そのまま彼女を無視して通り過ぎることはできないだろうか。でも彼女は、何かを期待するようにジッと私の顔を見つめている。ヴィヴィアンはきっと、いつものように自慢したいのだろう。面倒だけど、会話を続けるしかない。


「……これから出かけるの?」


 妹は贅沢な生地で仕立てられた淡い青のドレスを身にまとい、髪も美しく巻き上げている。宝石のついたヘアピンが光を受けて輝いていた。これからパーティーにでも参加するのだろうか。


 尋ねてみると、彼女は嬉しそうに教えてくれた。その声は、私によく聞こえるように大きめだった。


「そうですわ! これから、エドモンド様に会いに行きますの! 新しく仕立てたドレスを見ていただこうかと思って」


 侍女たちが、感心したように小さく声を上げる。それを聞いて、ヴィヴィアンはさらに得意げな表情になった。


 エドモンド・ウィンターフェイド。妹の婚約相手であり、王国の騎士を務めている人物。とても優秀らしく、将来は騎士団長になるのではと噂されているほど。私は彼に会ったことが一度もないけれど、ヴィヴィアンは誇らしげに何度も繰り返し私に自慢してきたので、なんとなく人物像を想像できる。


 少し堅物だけど、将来有望なイケメン。他の令嬢たちにも人気だそうだけど、妹のヴィヴィアンが彼の心を射止めたらしい。だから彼は、他の女性には見向きもしないと。どこまで本当なのか、私には知る由もない。


「そう。それは、良かったわね」


 私は真剣な表情で、無難な返事をした。少しでも棘のある言葉を返せば、すぐさま両親に言いつけられるだろう。


「えぇ! ですから、お姉さまと話している時間なんて無駄なんですわ」


 話しかけてきたのはそちらのくせに。私も妹なんて無視して生きたかった。けれど、そうすると周りの人たちから色々と言われるだろうから対応するだけ。面倒事を避ける。何事もなく、この会話を終える。それだけが目的だった。


「そうね。それじゃあ、私はこれで」


 話を終えて離れようとすると、ヴィヴィアンは急に腕を掴んできた。


「お姉様、ちょっとしたアドバイスをしてあげます」


 ようやく、これで会話が終わったと思ったのに。本当に嫌がらせのタイミングを熟知している。


 私を引き止めた彼女は澄んだ青い瞳で、見上げてくる。


「お姉様って、本当に地味よ。そんなボロボロの服で、人前に出ないほうが良いわ。エドモンド様なら、一目見ただけで逃げ出すわよ」

「……そう」


 侍女たちの中から、小さく忍び笑いが漏れた。


 ヴィヴィアンは私の腕から手を離し、まるで何も触れていなかったかのように手を払った。


 私の着ている服は確かに地味で、少し古くなっている。でも、私自身がこの服を選んだわけではない。母は、私に新しい服を買い与えることはほとんどない。全ての良いものは、ヴィヴィアンに与えられる。ただ単純に、他に着る服がない。


「お姉様も、早くエドモンド様のような素晴らしい婚約相手と出会えるように、身だしなみを整えて頑張ったほうが良いですよ」

「えぇ、そうね」

「まぁ、お姉様は死ぬ気で努力しないと相手を見つけるのは難しいでしょうけどね!」


 そんな嫌味を残して、彼女は婚約相手に会いに行った。ようやく離れてくれたと、安堵の息を漏らす。



 静かになってから、自分の着ていた服を見直して悲しくなった。


 婚約相手に会うためにそんな素敵なドレスを着るヴィヴィアン。その一方で、私はボロボロの服を着て本を読むだけの日々。


 いつか、この家から出ていきたい。そう思う気持ちが、また強くなった。

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