妹が自ら手放した騎士の価値~家を出たいと願った令嬢との運命の出会い~
キョウキョウ
第1話 嫌がらせの日常
「これから、お父様とお母様に大事なお話があるの。お姉様には聞かせられないから、出ていってもらえますぅ?」
夕食の席で、妹のヴィヴィアンが甘ったるい声で言い放った。テーブルに並ぶ銀の皿には、まだ半分以上も料理が残っている。私は食事を始めたばかりだった。そんなタイミングで、出て行けと言われた私――エレノア・ヴァンローゼは、フォークを持った手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
「ヴィヴィアン、私まだ食事の途中よ」
不満が顔に出ないように抑えて、穏やかに言った。
するとヴィヴィアンは、可憐な顔に不機嫌そうな表情を浮かべた。幼い頃からよく見る表情。彼女の大きな青い瞳が、冷たく光る。
「だからぁ、出ていってって言ってるの。お姉様には聞かせられない話なの」
テーブルの向かい側から、母が咳払いをした。
「んんっ。ごめんなさい、エレノア」
私の母であるオリヴィア・ヴァンローゼ侯爵夫人は、上っ面だけの謝罪を口にした。
「ヴィヴィアンが、こう言っているから。食事を中断してくれるかしら?」
その言葉を聞いていた父のルカス・ヴァンローゼ侯爵も続けて、立派な髭を揺らしながら、不機嫌そうに言った。
「ほら、グズグズしていないでさっさと出ていきなさい」
またか。
私は三人に見えないよう、静かに息を吐く。ここで反論したとしても無駄なことは、15年の人生で学んできたこと。
「それで、大事な話ってなんだい、ヴィヴィアン?」
すでに私から意識を外した父は、妹に対して興味深そうに尋ねる。
「えー、お姉様が居なくなってから話したいなぁ」
両親の視線が一斉に私に向けられた。
「……失礼します」
私は静かにナイフとフォークを置き、椅子から立ち上がった。まだ胃の奥が空腹を訴えていたが、ここで抵抗しても何も変わらない。むしろ、父の怒りを買うだけだ。これ以上、面倒になるのは避けたい。
ヴィヴィアンのニヤリとした勝ち誇った笑顔が見えた。この瞬間、彼女は一番嬉しいのだろう。私が傷ついて、屈辱を感じる姿を見るのが。
「「「アハハハハッ!」」」
その部屋から出て姿が見えなくなった瞬間、ヴィヴィアンの高笑いが聞こえた。続いて両親も笑い声を上げる。三人の笑い声が混じり合い、まるで槍のように私の背中に突き刺さった。
「っ!」
私は一瞬、息が詰まった。数え切れないぐらい何度も嫌がらせを受けているのに、慣れないものね。
この家では、ヴィヴィアンが中心の太陽で、両親は彼女の周りを回る惑星のようだった。美しく愛らしいヴィヴィアンは、子供の頃から両親の寵愛を一身に受けてきた。対して私は、雲に隠れた月のような存在。
それだけではない。ヴィヴィアンには、他人を苦しめないと気が済まない性癖があった。そして私は、彼女の標的にされ続けてきた。
最近は、私を空腹にさせることに楽しみを見出しているようだった。調理場に行けば何か食べ物があるかもしれないけれど、使用人たちはヴィヴィアンの命令に従っていて、私に協力することはないだろう。彼らも理解していた。この屋敷で誰の言葉が絶対なのか。
廊下の窓から、夕暮れの庭園が見えた。金色の夕日が石造りの塀を照らし、影を長く伸ばしている。まるで、この家から逃げ出せと指を差しているようだった。
いつか、この家から出ていける日が来るはず。
婚約者もなく、手に職もない、小娘でしかない私は、今はただ耐えるしかなかった。
「……はぁ」
空腹に耐えながら、私は自分の部屋へと足を向けた。古くなった本の束が、机の上で私を待っていた。それが今の私の唯一の慰めだった。
胃の空きを忘れるように、私は本を開いた。物語の中の世界に逃げ込むしかなかった。今日も、明日も、そしてその先も。
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