元カレA

ゆぐ

元カレA

 帰宅早々にため息を付くOL。気だるそうに靴を脱ぎ、キッチンに入ると、買ってきた半額の値引きシールが貼ってある惣菜弁当をレジ袋から取り出し、レンジに入れ、温める。脱いだものをハンガーにかける気力が湧かないのか、ジャケットを脱いで、ソファーの上に放り投げ、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、泡が出ないよう慎重に明け、一口目を堪能する。きゅうりの糠漬けをボリボリと食べながら、テレビをつけた。電子レンジのタイマー音がなり、惣菜弁当を取り出すと、テレビの前にある低いちゃぶ台におき、胡座をかいて、食べ始める。田舎の空気に疎外感を持ち、高校を卒業したら、東京で働こうと就職を選び、学生時代にアルバイトで稼いだ資金を頼りに上京したはいいものの、物価高とコロナでお財布は乾燥地帯のようにカラッカラだった。今では、不動産会社の事務をしながら、夜はキャバクラで働いている。


 中学3年間付き合ってきた元カレAくんは、今や世間を騒がせているアイドルとして、テレビに映っている。

 なぜ、あの元カレAくんがテレビに映っているのか。最初は目を疑った。元カレAくんがテレビに出だしたのは、ある韓国のダンスボーカルグループのオーディション番組が始まりだった。テレビで放送されるだけあって、韓国王手事務所が主催だった。その中でも異彩を放っていたのが、元カレAくんだった。いつの間にか、変わってしまった元カレAくんに嫉妬心を感じた。順調にステージをクリアしていき、ファイナルステージ。これでデビューするメンバーが決まる大事なステージ。元カレAくんは、センターで踊っていた。当たり前だ。予選をずっと1位でここまで上がってきたのだから。それにしても、こんなにイケメンだったけ? 見事1位指名でデビューした。そして今、3時間SPの音楽番組に出ている。元カレAくんが、どこか遠い存在になっていた。綺麗な衣装やメイクを施して、歌って踊っている姿は、私は、勝手に惨めな気持ちになった。月収手取り20万円、ネットに依存している趣味もないキャバクラ勤めの22歳OL。今は結婚はいいと言い、30代になってから慌てだして婚活をしだす。そんな人生が待っている。胡座から、体育座りに移し、膝を抱えて、顎を置いた。元カレAくんの、どこかよそよそしい笑顔に、こんな表情できるんだ、と感心した。元カレAとの記憶は、私にとっては汚点ようなものだった。若気の至り感半端ない恋愛に、いつも心が抉られる。しかも元カレAは、今や売れっ子アイドル。先日だって、月9に出てた。そんな人間の元カノが、こんな人間だとは思われたくない。虚しさを感じる。だからこそ、私の汚点なのかも知れない。

 食器を洗うことをしなくなって、どのくらい経つだろう。自炊をしようと意気込んで買った炊飯器は、ほこりをかぶり、蓋をあけるのに恐怖を感じた。郵便受けに入っていた中学同窓会の招待状。行けないより、行きたくない気持ちが強かった。欠席の方に丸をつける。行ったとして、元カレAくんはいないだろう。それよりも、周りからの「元カレAくんと付き合ってなかったけ?」と、言われるのが嫌だったという理由が、大半を占めていた。


 気づけば、ベッドに横になり、スマホを触っていた。英語系ユーチューバーが、旅行をしている動画。いつかは、海外旅行したい、と思っていた自分はもういない。動画を観ながら、薄ら笑いをする。もうこんな時間だ、と思っても、動く気にはなれない。まぶたは重く、視界は若干狭まり、意識が遠のいてく。目が覚めたときには、次の日になっていた。私は、いつもこの瞬間に絶望を感じる。少しでも日常を変えようと意気込むはいいものの、行動に移せていない自分。この生活に慣れてしまったせいか、このままでいいと思ってしまう。何もしていない自分を攻める。そしてまた意気込んで、そんな事を考えていた自分を忘れていくのを待つ。その繰り返し。何か人生の起点になるような出来事が降ってこないかと願うが、そう簡単には降ってこない。それはわかっているはずなのに、待っている自分がいる。自分から動かなければいけないのもわかっている。曖昧な自分に嫌気が差す。元カレAくんは、ちゃんと自分の人生を考えて、アイドルになったんだな。そんな自分は、今どうだろうか。

 だから、私はいいことを思いついた。29歳になったら死のう。死に方は二の次でいいから、とにかく、期限を決めた。そう言って、死んでなかったら面白いな。そんな希望的観測を胸に抱き、世界が滅んでいたら、世界が変わっていたら、と願い、まぶたを閉じた。

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元カレA ゆぐ @i_my

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