水の女神様しか、勝たん
ばんかみの代表曲『世界の作り方』は、この掛け声から始まる。
「早く作らなきゃ、皆が待ってるんだから……」
暗い部屋の中、サイリウムに照らされた流奈様は私の目の前で歌い続け、全力で踊っている。
軽やかに振付をこなす様は、まるで流水のように美しくて。
「舞い踊れーっ、水のめ・が・み!」
サイリウムを振り回して合いの手を叫ぶ。隣の部屋の方からどんっと壁を叩かれた気がするけど気にしない。
きっともう、二度とない瞬間を見ているんだから。
ひたひたひたっ
音楽と歌声に紛れず、足音ははっきりと聞こえた。
すぐに私の喉元を、冷たい手が強く掴んでくる。
——大丈夫、パニックになるな。
大事なこと、その二。
『何があっても余計なことは考えないで。あたしだけを見ていてください』
——信じるんだ、私の推しを。
「苦しいことも、つらいことも、きっとあるよ」
流奈様はその間も舞い、歌い続ける。
当然だ。今は彼女のソロパートなんだから。
合いの手を叫べないのが残念だ。今の私からは、うぐっ、と醜い声が漏れ出るばかり。手は全然力を緩めてくれない。
「だけど大丈夫! これまでもこの先も」
流奈様の手の中、透明なボトルがきらりと光る。
中身はどこでも売ってる天然水。だけどこれが大事なこと、その三だ。
『流れる水には穢れを洗い流す力があります』
「私たちが、いるからね!」
——最高。
流奈様はソロパートを完璧に歌い切った。
同時に、私の上半身に500ミリの水が降りかかった。
「……本当に、ごめんなさい」
流奈様が、深々と頭を垂れる。
「いいですよ、全然。シャワー浴びたみたいなものですし」
最後に清めの水をかけられることは聞かされていて、神棚のものなどは全て片付けていた。ライブ後にすぐお風呂だって入ったし、全く問題ない。
「なので、これお返しします」
「ダメです、受け取ってください!」
私をずぶぬれにしたり、水濡れでサイリウムを一本お釈迦にしてしまったことを気にする流奈様は金一封を押し付けてくる。非常に受け取りづらい。
「ところで彼はいなくなったんですか?」
「はい、もういません」
流奈様は部屋全体を見回すと、満足そうに頷いた。流水の力が効いたのか、彼はもうここにはいないという。
無事、成仏していたらいいんだけど。
「三河島さん、アイドルって元々どういう意味か知ってますか?」
帰りの玄関先、靴を履きながら流奈様が私に聞く。
「えっと、偶像、でしたっけ?」
「そう、神様を崇拝するために作られた像のこと。つまり神。三河島さんにとってのあたしですね」
「そうですね!」
「……あの、ジョークなんですけど」
「流奈様は正真正銘、私の女神様です!」
地球が太陽の周りを回っていることと同じ、この世の真理だ。
「ならもっと、自分のこと大切にしてください」
立ち上がった流奈様が、あたしを見る。
「毎日楽しく生きるために人間は神様を信仰するんです。なのに、神様のために自分の健康を疎かにしてたら本末転倒じゃないですか?」
「……はい、その通りです」
——今後は生活を改善するんだ、私!
「約束ですよ?」
「約束します。——あの、流奈様」
「何ですか?」
「これからも、私、あなたのこと推してていいですか?」
好きなものにのめり込みすぎるやばい女であることは明白だ。
それでも推しのことは、水上流奈様のことはずっと推していたい。
「もちろんですよ」
流奈様の顔で完璧なスマイルが花開く。
「水の女神様は、この世界とファンのことが大好きなので!」
女神(アイドル)は舞い歌い、穢れを祓う 暇崎ルア @kashiwagi612
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