終章 2

 戦いの後の数日の間、サスはほとんど身動きが取れずに病院の寝台で過ごした。経験したことのない長時間の戦闘に、幾重もの限界を突破したゼルキドの反動がもろに顕れたのだった。

 その間、シリムはずっと傍らについていてくれたが、面会の許された時間を過ぎてもなかなか帰ろうとしなかったのには閉口した。看護師を指さして「女の人と一晩なんて」とぶるぶる震えるのを、必死で宥めて帰した。翌日は早朝にすっ飛んできて、同じことの繰り返し。

「とか言って、そんな重いとこが嬉しいんだろ?」

 見舞いに来たレグダンに話の流れでそのことが知れると、そんな返しをされた。当然のように居合わせるシリムが紫の瞳を爛々とサスを見やる。サスは口を歪めつつ答えた。

「……まあ」

「だったら迷惑なところも面倒なところも楽しんでやれよ。今後ずっと一緒にいるつもりならな」

「ああ……そうかも知れない。ありがとう」

「街を救った英雄さんに貸しひとつだな」

 レグダンはくつくつと笑い、シリムはニコニコしていた。

 サスが動けるようになってから、街を上げての祝祭が執り行われ、サスとシリムは功績を讃えられ揃って叙勲された。シリムについて訊かれたサスが「彼女がいての僕です」と答え、シリムが顔を真っ赤にして何も喋れなくなる一幕があり、それを見ていたレオナにすごい勢いで小言を言われたりした。「無自覚が一番タチ悪いですよ!」と。

 その晩、酒場街全体で執り行われた宴で、会いたいという人々への応対に追われるふたりのもとへ、ムデルがやってきた。

「サス・ルンターズ。仮にもしワームホールの向こうへ、ルシェに探しに行く方法が見つかったら、どうする」

「えっ」

 突然の問いに、サスは愕然と彼を見上げる。冗談を言っている顔ではない。

「……もちろん、会いに。どれだけの危険があっても」

「シリム・レイターク、サスはこう言っているが、お前は」

 突然、話題の矛先を向けられたシリムは目を丸くしたが、すぐに真剣な顔でうなずいてみせる。

「わたしもいく。サスがいてのわたしだから」

「殊勝だな。では、その時が来たら呼ぶ。そのつもりでいろ」

 サスの背筋がぞくりとした。あのムデルが僕を認めてくれたのだ──。

 兄や姉の代わりにお前が、となじられていた頃のことを思うと、じんわりと感慨が湧き上がってくる。サスは熱い眼差しで、去って行くムデルの背中を見送った。

 そんな彼に、シリムが神妙な面差しに話しかける。

「サスのお兄さんが落ちちゃったワームホールって対宇宙に──わたしの住んでた世界に繋がってるんだよね」

「うん……レオナが言ってたことが正しいなら」

 そこまで言って、はっとする。、時間の流れが同じかわからないが、シリムがこの宇宙に来て短いとはいえない年月が経っている。彼女や彼女の家族を示す痕跡はなくなっているかも知れない。そのことにシリムは耐えられるだろうか──。

「……シリム、無理、してない?」

 心配になって訊ねると、シリムは首を振った。

「ううん。大丈夫、サスが一緒なら」

「そう。辛かったらちゃんと、隠さないで言うんだよ」

「ありがと。優しいね、サス」

 シリムは柔らかく微笑んだ。

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