第三章 事象の地平から愛を込めて 1

 ヒューーーーン──と細く爆ぜる音が鳴る。白く発光する物体が弧を描き、蒼天の下を飛んでいった。その飛翔体の向かう先にはスキナの群れがある。四足型や節足型、その他数多の型の入り交じり、その数は百を軽く超す。

 彼らはジュキナの幼体であり、判断能力は著しく低い。一様に飛翔体の軌道を見上げ、落下地点に目を向け、それから一目散に殺到していく。幼体とはいえ一般的な魔動車並の体躯があり、群れの流れに巻き込まれたらただでは済まないだろう。

 そんな濁流のようなスキナの群れを、離れた位置から観察する一団がある。

「発光弾の着弾、スキナの誘引を確認。いけるか、ルンターズ」

「……了解」

 傍らの男の指示を受け、サスは叫ぶ。

「ゼルキド!」

 バゴン! と雷の落ちるような音が立ち、サスの身体機能が大幅に向上した。

 ガキン! ガキン! ガキン!

 同時に、手に持った質量展開式破砕槌が派手な音を立てて展開されていく。その柄をガッと握りしめると、サスは地面を蹴った。

「さあ、行くぜ! 覚悟しろ、ガキどもがよぉ!」

 言いながらハンマーを空に向かってスイングする。それと同時にガキン! と質量が増大、一気に膨らんだ得物の慣性に乗って、サスは空中を泳ぐように駆けた。

 そのまま、流れ星のようにジュキナの群れの真っ只中に突っ込む。ドッ、と地面が抉れ、土が舞い、砕け散ったスキナの血肉が吹き上がる。

「うおらああああああああああ!」

 間髪入れず、スキナごと地面にめり込んだ破砕槌を持ち上げると、コマのようにぐるぐると振り回す。既に身長の三倍まで伸びたそれを、遠心力に任せて四倍、五倍と増していく。膨張と共に解放されるエネルギーは回転運動に吸収されて威力を増進し、じきにスキナが束になってかかってもその肉体を紙切れのように破壊する、破砕独楽と化した。

 そういう社会的な本能として、同胞が砕け散っていく匂いに興奮したスキナたちが続々とサスの方へと押し寄せてくる。真っ当に戦っていた場合、仲間が無尽蔵に寄ってくる危険なその習性も、猛スピードで回転するサスにとっては良いエサでしかない。その場でただ回っているだけで、スキナたちが自分たちから突っ込んできて、フレッシュな塊へと変化していく。

 そのうち、手応えがなくなってきて足を止めると、周囲は死屍累々だった。

「あーあ……まーた、肉肉肉、か……」

 自分でやったことだが、サスは胃がもたれてくるのを感じた。

 グギーッ! と悲鳴が聞こえ、そちらを向くと、生き延びたスキナに味方がトドメを刺しているのが見えた。この調子で残党狩りをしていけば、今日中にこの一帯の安全は確保されるだろう。

「うすっ、ルンターズ、お疲れい」

 そんな軽いノリに振り返ると、サスが同行している隊のまとめ役であるレグダン・カイラスがひょろ長い腕を振りながら近づいてきていた。常に背中が綺麗な弧を描くほどに姿勢が悪く、心配になるが、それ以外は真っ当な男だった。

 サスは破砕槌をひょいと肩に担ぎながら言う。

「とんでもねえ数だな。アホな連中で助かった」

「……ああ、ゼルキド中か。相変わらずお前の人格には慣れねえよ」

 隣に立ったレグダンは気怠そうにスキナの死体の海を見渡した。

「しっかし、ルンターズの生き残りはうつけって噂聞いて面倒な予感がしてたが、普通にやれるじゃねえか」

「デカブツ相手で短期決戦ならな。強化が切れれば凡人だ」

「この現場ならそれで十分だ。ま、ありし日の天抜雷落自彊〈ルンターズ〉に憧れてた連中にとっちゃ、物足りねえんだろうな……ともかく、お前のおかげで楽ができてるぜ」

 ぽん、とサスの肩を叩いて、レグダンは辺りを歩き出した。正直、そんな好意的な態度を取られるとは思っていなかったので、サスは拍子抜けしてその場で立ち尽くしてしまったが、すぐに破砕槌を投げ捨て、後についていく。

「スキナ大量発生もここで三カ所目だ。一体、なにが起こってる?」

「それを調査するのも仕事だ。流石にリライ・フォーボクがなんかしてるってわけでもねえだろうけどなあ」

 レグダンはぼやく。リライ・フォーボクとは、最近になって台頭した潜伏派のリーダーだ。最近の世情に疎かったサスは、ここに至るまでの長い道中にそう聞き及んでいた。

 かつて潜伏派はあちこちに拠点を移しながら、ハクヌスの主宰する存続連への敵対行動を執念深く続けていたが、やがて反攻に遭い、ジュキナやスキナの活動圏と被る場所で活動することに限界を覚えたのか、宙に漂う放浪島ノービットへ逃げ込んだ。ここは到達の手段が限られ、存続連も安易に手を出せないことから、長らく睨み合いが続いていた。

 しかし、最近になり潜伏派は再び地上に舞い戻り、再び各地の拠点作りを再開、存続連側への町や集落への攻撃も活発化してきた。ムデルらローズミル調査団の主要な部隊が忙しくしているのは、そのためである。

 ここに絡んでくるのがリライ・フォーボクという男である。

 崩星を生き残ったわずか数%のレターム王国民であるという彼は、「崩星で祖国が滅んだのはハクヌスの陰謀だった」と主張し、潜伏派の国民感情を煽っている。潜伏派も一枚岩ではないようだが、主に崩星以降に生まれた若者たちが彼のもとに集い、最も過激な勢力となっているらしい。

 最近、出回り始めたというリライの面相をレグダンに見せられて、サスは絶句した。

 サスは、リライと顔を合わせたことがあった。姉がサスを庇い、その手脚を失った日──あの忌々しいジュキナの現われる直前に対峙した、潜伏派の壮年の男だったのだ。

『お前、ルンターズか──』

 白髪の隆々とした肉体を持つリライは、サスのことを知っていた。

『話に聞くほどの実力でもなし──ここで会ったが最後、その命、摘ませてもらう』

 そして、明確に殺意を示していた。

 直後、ジュキナが乱入してきて、姉がその身を犠牲にして助けられたわけだが──もし、サスが今も生きていると知れたら、リライは再び殺意を突きつけてくるのだろうか。

 望むところだ、とサスは思った。

 直接の仇はあの節足型のジュキナだが、原因は潜伏派の仕掛けた闘争にある。

 現状、潜伏派のキーマンがあの男であるなら……ルンターズの敵としてこれ以上の相手はいない。

 もちろんリライの身柄は、存続連が一丸となって追跡しているのだ。そんな機会が巡ってくる見込みは薄い。ただ、そのもしもの時のために、強さを磨き続ける価値はあると感じていた。

「ま……ルンターズの力も抜けちまったみたいだし、今日はここでテント張っとすっか」

「えっ……ああ、そうだね」

 レグダンが丸い背中を更に丸めて言ってきて、現実に引き戻される。サスはそこでゼルキドが解けていることに気がついた。

 この部隊の活動はサスのゼルキドを中心に回っている。その破壊力を軸に展開していくのが最も効果的で、味方の被害も最大限抑えられるからだ。

 頼られているようにも思えるが、逆に言えば、一日一回、時間制限つきというゼルキドで部隊を縛っている、ともいえた。現状これで良くとも長期的に見てどうなのか。この臨時任務が活躍のピークになっても意味がない。

 サスは考える。ルンターズを負うつもりなら、もっと、身の振り方を見極めなくてはならないのではないか。そもそも、頑なに戦い方を変えなかったから、サスは身を立てる場所を失ったのではないか。

 そう思えば──兄や姉と戦場に立っていた頃、サスは上手に扱ってもらっていたのだな、と感じる。ルシェとレメが一緒だったから、サス込みでルンターズはルンターズたりえたのだろう。

 ただ、ルシェが欠けてから、レメはサスを戦いから遠ざけるようになった。あれはサスがルシェのようにいなくなることを怖れたからだと思っていたが、同時に、レメひとりでサスを御す自信がなかったからなのではないか? サスのことを一番よく知り、一番気持ち良くなるように動かしてくれていたのは、兄ルシェだったのではないか。

『サス、お前は強くならなくていいんだぞ。俺がいるからな』

 思えば、ルシェのあの台詞でサスはゼルストを必死で鍛えるようになった。

 サスがふたりに追いつきたい、一緒にいたいと切に願っていることを知っていて──。

「兄さん……」

 だが、今、ルシェはいない。自分の立ち回りは自分で考えなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る