第二章 追いつ追われつ、引かれつ引きつ 2

 また、姉に救われた時の夢を見ていた。

 サスは暗がりの中、目を覚まし、自分の両手を見る。あれから生きている実感が全くない。死んだような心地でここまで過ごしてきた。

 戦地に立つ最後の「ルンターズ」になってから、サスはろくな活躍ができなくなった。兄と姉の陰で誤魔化してきた実力不足が露呈したのだ。前線に立てるのはゼルキド中のわずかな時間だけ。兄と姉の活躍を期待した人々は彼に失望し、そのうち任務に呼ばれなくなった。

 そこでサスがフリーのバスターを名乗り、単身で前線のジュキナ討伐に赴くようになった。その名を背負った者がまだここにいると知らしめたかったからでもあり、同時に姉の仇のジュキナを求めてのことだった。ただ、本当はムデルの言ったように「死に急ぎ」なのだろうか。自分のことなのにわからない。

 ジュキナ討伐は存続連が監督しており、任務や防衛でなしに勝手に倒しても報酬はなく、ほとんど密猟に等しい行為と取られる。それでも構わず狩り続けた結果、ムデルのようなルンターズの戦友たちから、激しい顰蹙ひんしゅくと憤怒を買うようになってしまった。

 そんなサスのことを見かねたように、レメは半年にわたる治療の後、存続連の士官に赴任し、身の危険の少ない今回の辞令を出したのだろう。サスは姉に相当の負目がある。断れるはずがなかった。

 姉の気遣いには忸怩たる思いがあった。そんなに僕のことが心配なのか。頼りないと思っているのか。悔しくなる。まあ、実際、そうだろう。サスはひとりぼっちになり、できることは悲しくなるほどに少ない……。

 でも、どうしても諦めきれない──サスは兄にも姉にも置いていかれたくない。自分の力で立って、並び立ちたいと思う。

 もはや、呪いだった。「サス、お前は強くならなくていいんだぞ」と、幼き日に兄からかけられた言葉ひとつが、いつまでもサスの心を蝕んでいる。

「……ああ」

 サスは寝床の中、低く呻く。朝というにはまだ早いが、眠れそうにない。どうする。鍛錬にでも向かおうか。茫漠とした思考のまま、寝返りを打って横を向いた。

 すると、少女の紫の瞳と目が合った。

「起きちゃった?」

「うわっ」

 ビクッと驚く。にわかに心臓が脈打ち始める。

「いやいや、君は隣の部屋で寝てたよね。何で隣で寝てんの……」

 サスは首を起こして辺りを見渡す。彼女に宛がった部屋の戸は開かれ、毛布や肌掛けが這いずった跡のように伸びている。重い身体を必死に引きずって、こちらまでやってきたらしい。

「わたし、眠れないから、どうしても寂しくなっちゃって……サスの寝顔見て、どんな夢見てるのかなって、一晩中考えてたの……」

 彼女は目を細めてうっとりと呟く。サスは頭を抑えて息を吐いた。

 まさか、莫大な質量を誇る少女を連れ帰り、同じ部屋に住むことになるとは、少し前までジュキナを食肉にし続けていた頃の自分に言って信じるだろうか。

 ──彼女をあの洞穴から連れ出してから一週間が経過していた。ローズミルの街へ連れ帰るまで、それだけの時間を要したのだ。

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