第一章 壊れた世界で超重少女は何想う 7
「ふああ……おはようございます……」
翌日、眠そうな顔をしたレオナがサスを迎えた。昨日と同じく魔動車の傍ら──ではなく、学者の集う宿舎にある彼女の部屋の前だ。いくら待っても来ないから、サスの方から出向いたのだった。
「おはよう……だいぶ眠そうだね。行けそう?」
寝間着姿で、ぼさぼさの頭をふらふら揺らしながらレオナはうなずく。
「すごい眠いですが……行きます。一応、夜なべして回答は準備しました」
「回答?」
「ふああ……すみません、話すの、行きの車の中で良いですか……すぐ行きます……」
パタン……と力なく扉が閉められる。
大丈夫なのか? 一抹の不安を覚えながらサスは車に戻って、レオナが来るのを待った。念のため、防風窓に映る自分の顔を確認する。昨日打擲された傷はうまく隠せていた。屈辱は燻っているが、今は目の前の任務に集中しなくてはならない。
「すみませえん……」
ほどなく身支度を調えたレオナがやってきて、助手席に腰を下ろした。よろよろの表情でおばあちゃんのようだ。なんとなく気を遣って、サスは柔らかくアクセルを踏んだ。
ローズミルの街の活気づく時間になったため、慎重に街路を進みながらサスは訊ねる。
「それで、彼女のカラクリは解けたの?」
「ふあ……ブラックホール……平行宇宙……アインシュタイン・ローゼンの橋……」
脈略なくレオナがむにゃむにゃと謎の言葉を唱え始める。驚いて横を見ると、レオナは安らかな顔ですやすやと眠りこけていた。
よく頑張るな、とサスは苦笑しつつ、いったん車を路肩に停めるとコートを脱いで身体にかけてやった。「回答」を聞くのは現地についてからでも良いだろう。
街を出て、草原の道を往く。サスはあの遺跡で、自分を待っているであろう少女の姿を思い浮かべる。
『わたしも連れて行って』
あの縋るような声が幼い自分に重なる。僕を置いていかないで──。
ムデルは、サスが死に急いでいる、と言った。そのために、ジュキナを狩りまくっていると。実際、表向きの理由はあるが、半分は当たっているのではないかと思う。
兄はワームホール制圧作戦の佳境、ワームホールの向こう側に消えた。建築現場の落下事故と同じくらい頻発する事故だった。ジュキナに突き飛ばされたムデルを助けるため、身を挺したらしい。その時、サスはゼルキドを切らして拠点に戻っていた。
姉は、サスをジュキナの捕食行動から庇い、右脚と右腕をなくした。それが原因で今は戦線から身を引いている。
サスも同じような栄誉の幕引きが欲しいのだろう、と他人の心を読むように思う。そうすればもう、ムデルのような戦友たちに悪態をつかれることもなくなる──。
そんな破滅願望が実態なのだと知りつつも、やはり、サスは望んでしまっている。兄や姉を凌ぐほど強くなり……しがらみもない「サス・ルンターズ」として自らの足で立ち、認められることを。「お前が生き残って良かった」と言われることを……。
『立てない。身体が重くて、立てないの』
重い少女は言った。サスはその言葉にうなずく。そうだ、僕も立てない。何もかもが重すぎて。自分の力で立てない。ゼルキドという杖をついて、ようやく立っている。
力なく横たわる彼女は、サス自身に見えた。
だから、救いたい、と思う気持ちはエゴでしかない。彼女を救う、そうやって自分に試しを与えようとしている。本当に破滅しないために。この砕けた世界で生き抜くために。
やがて、昨日よりも遅い時刻に例の森の前に到着した。ぐずるレオナを起こして車を降り、自然の匂いがたっぷり鼻をつく森へと足を踏み入れる。
「あ、コート……ありがとうございます」
レオナからコートを受け取りつつ、サスは首を横に振る。
「気にしないで。──それより『回答』を準備したっていうけど」
「あ、はい。正解発表は現地でって感じですけどね」
レオナは街で配布されていた串刺しのジュキナ肉を紙袋から取りだし、うまそうに頬張りながら言う。相変わらず、冷静で呑気だった。サスは念押しを兼ねて訊く。
「彼女の秘密がわかったの?」
「わかったというか、予想です。とっちらかった物理現象を束ねるカラクリ……それはこの、砕け散っているのに何故か平然と動いてるこの星のことを考えれば、自然とわかったことなんですね」
「星……それって」
「形状記憶魔法ですよ。その子を支えているものは形状記憶魔法『ホルド』です。それが全てのむちゃくちゃを許容してる」
それを聞いて、そうか、と腑に落ちた。バラバラになった星で人が暮らせるほど、強力な保持力を誇る魔法なのだ。それによって、致命的な物理的作用を起こさないように制御されている、と考えれば納得がいく。
「でも、そうとわかっても結局、連れ出す方法には繋がらないんじゃ」
と、サスは疑問を口にする。仕組みがわかったところで、彼女が膨大な質量を持つという事実は変わらないように思える。すると、ちっちっち、とレオナは行儀悪く串を振った。
「形状記憶魔法の性質は、そのものが本来持ってる状態を維持しようとする力です。正確には『ホルド!』ってかけられた瞬間の状態、ですね。だから『崩星』の時は崩壊直前に星全体にせーので一斉に施す必要がありました」
「つまり……あの子はホルドのかかった瞬間の状態を維持している、と」
「正確には、しようとして失敗している状態なんじゃないかと思います。だって、成功してたら普通の女の子になるはずですもん。謎の超重量はそのエラーから引き起こされた現象かな……? くらいしか、今のところは言えないですね」
「形状記憶が失敗する、なんてことあるの?」
「ありますよ。かかった時のコンディションが悪かったり、かけた側がミスったりすると中途半端なものになりますし、維持力を超えたダメージを受けたりすれば破れます。そもそも完璧にかかったとしても、時間が経つと劣化します」
時間で劣化する? さらっと重大なことを言われて、サスは驚いた。
「えっ! じゃあ、この星にかかった形状記憶もいつか解けるってこと!」
「あ、そうですよ。まあ、星規模の魔法なら何千年って持つはずなんで、その頃までに人類が続いてれば対策するんじゃないですかね。ただ、人間サイズなら術者の技量にもよりますけど、目に見えて劣化すると思います。──ってことで、わかってきませんか?」
「え、なにが?」
突然問われて、サスはレオナの方を見る。レオナは串を紙袋に放り込み、新しいジュキナ串を取り出しながら言う。
「アタシが夜なべして用意してきた回答です」
「……いや、全然」
「えーっ、じゃあもう、発表しちゃいますよ。ドルルルル……」
ジャン! と謎の効果音を発してから、レオナは堂々と告げた。
「
身体能力でも、魔法能力でも、図抜けたセンスを持つ人間がいる。自己強化魔法ひとつ極めるのに精一杯なサスには、途方もない気分になった。
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