第一章 壊れた世界で超重少女は何想う 1

 サス・ルンターズは。崩壊した陸地の縁に立って景色を見ていた。砕かれた大地、狭間の底に真白く輝く星の核、空中を無数に漂う陸地の断片「放浪島ノービット」──。

 数十年前、衛星の月が地表に墜落し、この星を破壊する「崩星ほうせい」という現象が起こった。サスの生まれるずっと前の話だ。本来なら人類滅亡必至の絶望的な事件だったが、大きなイベントなだけに百年前から発生は予測できており、人々は世界が滅びないよう全力で取り組むことができた。

 世界を救う解決策、それは「形状記憶ホルド」という魔法を星全体に施すことだった。

 その魔法は名の通り、かけられた物質の形状を徹底的に保持する効果があった。これを星中の人々が協力して、月衝突の瞬間、全ての地域に同時に施術する。気の遠くなるような作戦だ。しかし、やらなければ世界が滅ぶ。やらない理由はなかった。

 ただ、百年という猶予がありながら、結局、その努力は完全に実らなかった。

 この計画を主導する大国ハクヌス共和国と敵対していた国々が、足並みを揃えられなかったのである。レターム王国という強国を中心に反ハクヌス連合が立ち、各々が別種の危機回避策を唱えた。箱舟を作り星から脱出する「脱出策」や、神への祈りによってアポカリプスを回避する「救済策」などが流通し、「形状記憶策」に協力しなかった。

 そうして「崩星」その日を迎えた結果──形状記憶魔法の施された地域だけが残り、何の対策もなさなかったレターム王国とその周辺国家の土地は無惨に蒸発した。

 その結果が、この半端に崩落した世界である。

 他の派閥の顛末として、一応、箱舟は完成したものの、乗れたのは僅かな人数のレターム王国指導者たちのみ。彼らは果敢に宇宙へ飛び出していったがその後の安否は不明。神の方はもちろん、救いの手など差し伸べなかった。

 取り残された大量のレターム及び周辺国家の人々は、ハクヌス側の領土に押し寄せた。対応はまちまちで、寛容に受け入れた地域もあれば、無残にも閉め出した地域もあるらしい。後の調査で、当時、生き残ったレターム側の人々はたったの数百万人だったと知られた。ざっと数億人が死んだ計算になる。

 きっと、彼らは死んだことにも気づかずに蒸発していったのだろう──と、空白の大地を見下ろしながら、サス・ルンターズは深く息を吐いた。

「おい、邪魔だよ! ちょこまかすんな!」

「わあ、ごめんなさい! でももうちょっとだけ観察させて!」

 と、物思いに耽るサスの耳に、緊張感のないやりとりが聞こえてくる。

 振り向くと、サスの討伐した四足型ジュキナをバラしている解体班に、さっき救助したばかりのレオナ・カキハラが怒られていた。肩口まで伸びた黒髪をサイドテールという頭の片側で結う髪型にした、あまりにも幼い容姿と言動の齢十六の少女で、ハクヌスお抱えの学者とはとても思えない。

「たくましい探究心だね」

 サスが声をかけると、レオナはびっくり目を見開き、しおらしくなった。

「あ、サスさん。アタシ、首都から離れるのが初めてなもんで……」

「ふうん。さっきまで腰を抜かしてたのに」

「あはは、自分でもびっくりです。でも、こんなにでっかいんですね。ジュキナって」

 レオナは手で庇を作って、巨大生物の死骸を見上げる。サスもつられて視線を向けた。

「ああ。対宇宙からの訪問者さ」

 ジュキナと呼ばれるこの巨大生物たちは「崩星」以降に突如として現われた生命体だ。その圧倒的な巨体とパワーによって、ただでさえ少なくなった大地から人々を追い出し、住める場所を奪っていった。

 細かな原理は知らないが、ジュキナたちは「崩星」による莫大なエネルギー発散により発生した、ワームホールというゲートから這い出てくるらしい。この難解な事象を恐ろしく簡単に言えば「対宇宙に通じる穴」らしい。対宇宙とは、この宇宙と背中合わせに繋がっている別の平行宇宙のことを指す。

 現在、このジュキナ討伐は国策のひとつとなっており、既にそれなりの数のワームホールを制圧して土地を取り戻している。サス自身もジュキナ討伐を主とするバスターを名乗って活動していた。

「おい、サス・ルンターズ! このくそでかいハンマーを抜いてくれ!」

 解体班の男が大声でサスに言った。そういえば、サスの得物である質量展開式破砕槌がジュキナの首を貫きっぱなしだ。サスは頭を掻いた。

「申し訳ないけど、ゼルキドがもう切れてしまってて」

「はあ? なんだよゼルキドって」

「えっと、自己強化術で……その効果がある間は身体能力が常人離れに飛躍するっていう」

 ちなみに攻撃中枢も強化されるのか、荒っぽい性格にもなってしまう。気恥ずかしいが、もうそういう体質なんだということで受け入れてもらうようにしている。

「ああ、小耳に挟んだことはあるが、ルンターズ末弟〈自彊〉のサスってそういうことか。生身でこんな重たいブツをモノにしようとは思わんよな。そんじゃ、とっととそれ発動して抜いてくれ」

 解体班の男が軽い調子で言うので、サスは困ってしまった。あまりこちらの人には自分のことは知られていないらしい。

「いや、だから……えっと、ゼルキドは一日一回限定でもう使えないんだよ」

「一日一回限定? いや、劇団のパフォーマンスじゃねえんだからよお……」

 そうはいっても無理なものは無理だ。一度使えばその日中は唱えても効果が出ない。

 いつもならゼルキド中にハンマーの処理まで済ますが、今回は人助けが目的で安全確認に時間を費やしていた分、その暇がなかったのだ。

「あの、アタシ動かせますよ」

 そこへ口を挟んできたのはレオナだった。解体班の男がオイオイという顔をする。

「今日の現場は変なヤツしかいねえな……」

「む! バカにしないでください。動かない単純なものならアタシの魔法で余裕です!」

 そう言うと、レオナはジュキナの死体に両腕を向け、見えない紐を引っ張るように踏ん張った。

「うろああああ!」

 見るからにインチキな仕草だったが魔法の実力は確からしく、巨大なハンマーはぴくぴくと震えたかと思うと、、ものすごい勢いでジュキナの肉体から飛び出した。

 そのダイナミックな光景に、解体班員たちが、おおおお! と歓声を上げたのも束の間、巨大ハンマーは勢い余ってサスたちの頭上を越え──そのまま、星の裂け目へとクルクル弧を描いて落ちていった。

「ぎゃあああああ! ご、ごめんなさああああい!」

 レオナが涙目でサスにすがりつく。サスは苦笑した。

「いや、別に平気だよ。あれ、使い捨てだし」

「……え? 使い捨て? あんな凝った武器なのに?」

「膨張することで破壊力を生む武器だけど、元のサイズには戻せないから捨てるしかないんだ。いつもはその場に放置か、今みたいに星の核に不法投棄してる」

「ぜ、贅沢……そんでもって、良かった~」

 レオナはお手本のように胸をなで下ろした。

 その後、ジュキナは無事に解体されて大量の肉となり、付近に住まう人々へ無償で供与される。今回討伐した四足型は哺乳類の肉質に近く、タンパク質と脂質だけでなくビタミン類にも富んでいて人気が高い。拠点であるローズミルの街はしばらく、あちこちから肉の焼ける香りが漂うはずだ。

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