第27話 死神の大太刀 弐什漆

 漆黒の一閃を放つ餓狼がろう。漆黒が駆け抜けた後を追うように血飛沫が舞った。


 数人の盗賊達が地に伏している。反撃は無い。餓狼がろうは構え直した。そして、周囲に気を配った。柵の外、茂みの中からも何の気配も感じない。


 大太刀を振るった。漆黒の刀身に付着した血を払い落とす。


「こんなものか。」


 呟いた餓狼がろうが大太刀を担ぐ。彼の言葉には多少の落胆が混じっていた。


「此奴等は雑兵の類だったのだろうか。俺には造作もなかったが・・・稲継いなつぐ達ならなんとかなるか。」


 冷静に戦力を分析した。稲継いなつぐ達の方が連携や兵法に精通していて連携の精度も高い。負ける要素は微塵も無い。そこに何かしらの異端が現れなければ。


「先を急ごう。」


 餓狼がろうが歩みを進める。


 この先には寺院があると犬神が言っていた。そこが終着点であるとも。


 幾度かの戦闘があった。最初に斬った奴らが一番手強かった。全てを斬り伏せる中で過去に道場破りをしたことを思い出す。


「次々と前に出る者達を叩き伏せる感じ、あの時と似ているか。」


 そんな事をぼやきつつ先を目指した。


 道を進むと開けた場所に建物がポツンと建っていた。


「あれが犬神が言っていた・・・寺院、寺院ね。あの風貌、あれではただの小屋だな。強風で吹き飛ばされそうだ。」


 寺院とは名ばかりの見窄らしい建物だ。


 周囲を木々が囲んでいる。寺院周辺は砂地でないものの植物は生えていなかった。黒土が広がっている。


 餓狼がろうは屈むと、黒土を掴んだ。


「草木が芽吹く様子は無いが、非常に良い土だ。この状態は手入れが行き届いているからか?盗賊家業から足を洗って、農家でも始めようってことは・・・ないよな。農地として使われた形跡もない。紋章に関しては俺じゃわからんし・・・生気が薄いのかもしれない。こんな時に稲継いなつぐならば何か分かるかもしれんな。墓地とはそう言う・・・まるで世界とのつながりを絶った空間。故の無もなき地か。言い得て妙ではあるな。」


 手にしていた土を放る。


 周囲を見渡したが、寺院と一本の枯れ木があるだけで他には何もない。


「夜になると死霊が湧いて出るってのか?それじゃまるで怪談話だな。幽世とつながっていない保証は無いが、考えたくもないな。」


 ひとしきりボヤいた餓狼がろうが寺院に近付く。この中に盗賊の長が居る。それだけは確信が持てた。なぜか分からないが。


 黒土が柔らかいため足音はたたなかった。それでも、なるべく気配を消し、周囲を警戒して進む。拍子抜けするほどあっさり、なんの罠もなく小さな寺院の前に着いてしまった。


「歓迎されている?それなら、歓迎の宴でも催してくれると嬉しさが倍増するんだがな。」


 冗談を独りごちる。


 数弾しかない寺院の石段を登りって扉に手をかけた。ゆっくり扉を開ける。中を探ると本来仏像があるであろう場所に男の姿があった。暗くて細かくは見て取れないが、坐禅で瞑想している。


「坊主。一人だけ・・・他に気配はないな。」


 開いた隙間から体を滑り込ませる。大太刀を振るうには多少狭い空間だ。中で襲われては動きが制限されてしまう。


 餓狼がろうが瞑想している坊主へ一歩、二歩と近寄る。すると突然、男が目を見開いた。焦点が合っていない目が虚空を見つめている。餓狼がろうが息を飲んだ。すると男の眼球がぐるりと動く。二つの目が左右非対象に。まるで昆虫のようだ。


 坊主の目が焦点を定めた。相変わらず虚空を見つめている。ゆっくりだが坊主の目が動く。この中での異物へ。餓狼がろうを視界に捉えるまでにさほど時間は要らなかった。


 坊主が立ち上がった。ゆっくりした、一見緩慢にも思える動きで餓狼がろうへ歩み寄る。その間、餓狼がろうへ向けた視線がブレることはなかった。


 不気味だ、ただただ不気味な男だ。


 餓狼がろうが坊主に語りかける。


「随分濁った目だな、おい。殺意・・・いや、狂気と言うべきか。目で語りすぎだろ、五月蝿いくらいにな。坊主が人にそんな目を向けるんじゃない。怖がって逃げちまうだろうが。坊主のくせに、まったく。邪気に飲まれちまって・・・馬鹿が。」


 餓狼がろうが漆黒の大太刀を抜刀する。


 構える餓狼がろうに対し、坊主が間合いの一寸先で止まった。初見のはず。それでも、餓狼がろうの間合いが分かっているかのように。得物を持たずに両腕をダラリと下げ、まるで無防備。これを構えと呼んでいいのだろうか。攻撃を誘っているようにも見える。


「お前の誘いに乗ってやる必要はないだろう?」


 餓狼がろうも自分からは飛び込まない。大太刀を下げて腰溜めに構えを変更する。


 それを見た男が後ろへ半歩下がった。


 餓狼がろうの眉がピクリと動く。間合いを読まれている、そんな気持ち悪さで心が揺さぶられる。だが、それを決して表には出さない。


 表情は普段の微笑のまま。そう男と目を合わせたまま。打ち合うでもなく時間だけが経過していく。


 長いようで短い時が経過した。刹那の永遠。餓狼がろうはもちろん、対峙する坊主もまた動かない。


 稲継いなつぐ達は作戦を展開しただろうか。外の様子を伺おうにも、気を反らした瞬間に坊主が仕掛けてくるかもしれない。邪気に取れ込まれた者に対して守勢はダメだ。一気にのみ込まれる。


 今は余計な事を考えている余裕はない。


 稲継いなつぐの部下も含め、自分に関わった者が死ぬのは避けたい。死神と呼ばれる男が何の冗談だと思うだろうか。だが、これが餓狼がろうの偽らざる本音だ。


 これは邪念に似ている。自分の生死すら危うい状況でこれは命を落とす。それでも、状態で悪戯に時を食い潰すわけにはいかない。


 餓狼がろうが構えを変え、大太刀を担いだ。それを見た男が半歩分距離を詰めた。


 やはり間合いが読まれている?


 坊主は未だ仕掛けてこない。餓狼がろうが呆れたように告げた。


「俺には時間がないんだ。悪いが、何時までもお前と遊んでいる訳にはいかない。来ないのならこちらから行かせてもらうぞ。」


 言い終えた後、深く、長く、更にゆっくり息を吐いた。そして、息を吐ききると肺の中一杯に息を吸い込んだ。餓狼がろうの剣気が膨れ上がる。


「行くぞ。いざ、推して参る。」


 叫んだ餓狼がろうが男との間合いを詰めた。

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