第26話 死神の大太刀 弐什陸

 稲継いなつぐを含む全員が移動した。残った餓狼がろう。時が来るまで待機。移動に際して盗賊に見つからなければいいのだが、そんなことを思いながら雲の流れを見つめた。


 三班に分かれて行動することとなった。そこは稲継いなつぐが譲らず、餓狼がろうが折れる形で了承した。稲継いなつぐを長とした第一班。森河もりかわりょうを長とした第二班。そして、餓狼がろうは単独行動をである。


 餓狼がろうにとってもこの地は始めて。故に、作戦開始位置に関しては、ここから目視できる情報から決めた。


 作戦が始まってからは班長の判断で班全員が動く。


 作戦としては至って単純だ。餓狼がろうが単身で正面から乗り込み。戦闘が始まってから二班が突入、一気に制圧する。


 作戦の初期段階での餓狼がろうの役割は囮と陽動。盗賊の中に紋章陣で索敵ができる者がいない前提での作戦である。もし邪気に飲まれたものがいたならその対応は餓狼がろうが受け持つ。


 知らせがあるまで好きに剣を振るって良いようだ。


「この程度の奴等なら、俺一人でもなんとかなるだろうが、彼奴等が犬神家に仕官するなら手柄の一つでも立てとかなきゃな。親玉が人外だと仮定して臨んだ方がいいだろうな。邪気か、面倒くくせぇな。」


 言葉とは裏腹に餓狼がろうは楽しそうにほくそ笑んだ。


 太陽の位置を確認すると、もうそろそろ天辺に差し掛かる。憎たらしいほどの光量を放っている。


 半刻。それが作戦開始地点へ移動する為に与えた時間だ。皆が刻んだ時を測る物を持ってはいなかった。故に、作戦開始、要は餓狼がろうが動き始めるのは太陽が天辺に登りきった時と決まった。


 不意に餓狼がろうが腰を上げる。


「さて。少し早いが、そろそろ出向くとしましょうかね。」


 袴に着いた土を払い落とす。


 餓狼がろうがゆっくりした動作で大太刀を抜刀。漆黒の刀身が露わになる。太陽の下でも光を反射しない刀身は異様そのもの。抜身の大太刀を担いで歩き出した。


 周囲に盗賊の姿はない。日中なので油断しているのだろう。よもや来るはずの無い死神が、白昼堂々目の前に現れるとは思っていないだろう。俺の姿を見たら奴等はどんな顔をするのだろう、腰を抜かす者はいるだろうか、そう考えるとニヤニヤが止まらない。


 漆黒の大太刀を担いだ死神の姿は堂々としたもの。大股歩きで木々の間を抜けて行く。門の前に立った。門であってもそれは過去の話。扉が壊れ落ちたその様は鳥居のよう。鳥居が神の通り道であるならその先は神聖な場所であるべきであるが・・・この先にある場所が東山における墓地ならば、それを神聖な場所と言えなくもないのだろう。


 盗賊の姿は無い。見張りすらも。


「知らん者が来たのに挨拶も無しか。この対応は関心しないな。ちょっとは警戒してくれないと、俺が自信無くすぞ。そんなに弱そうに見えるだろうか・・・。」


 項垂れて凄く浅い溜め息をついた。再び顔を上げた彼の表現は微笑だった。そして、こらえきれずに笑った。


「ふふ・・・まぁ、これもまた一興か。止める者がいないのなら遠慮なく進むだけさ。さてさて、ここより先に居るのは人か。はたまた鬼か。」


 まるで語り部のような口調で独り言ちる。


 門より先の道は踏み均されていた。非常に歩きやすい。左右に柵が設けられ、ここ以外の道は通るべからず、そう言われているようだ。


「やけに用心深いな。道を反れたら畜生道にでも落ちるってのかよ。」


 ぶつぶつと文句が止まらない餓狼がろう


 待ち伏せや罠の可能性も頭にはあったが、両脇に柵があってはその効果も薄い。よもや地中から飛び出すことなんぞあるまい、可能性として低いものは頭の中から切り捨てた。


 餓狼がろうの歩みが淀むことはない。


 前方に男達が見えた。数人居る。一人が気付くと指をさして他の者に警戒を促した。露骨な警戒態勢。いや、遠くから喧嘩を売っているようにも見える。


 最初に気付いた者が前に出た。そして、餓狼がろうに警告する。


「おいおい何だテメェは。ここから先は通行止めだ。こっから先は俺等の縄張りだ。迷い込んだなら持ってる物置いてとっとと失せな。配下に加わりたいって事ならまずは俺が面接してやる。お、おい。聞いているのか?」


 男の声が耳に入っていないかのように餓狼がろうは歩み続けた。その態度に慌てたのは盗賊の男達。何度も警告しつつ武器を構えた。


 異質な気配を感じたのかもしれない。餓狼がろうは外套で頭まで覆っている。その上、光をも反射しない漆黒の大太刀を担いでいる。それに、目の前の男達だって思っただろう。狗神家の討伐部隊にしては人数が少なすぎると。


 戦術が確立されたこの時代に単騎駆けは時代錯誤である。戦術とは相手を絡め取り、倒すものであって味方の被害を抑えつつ相手を制圧するものである。


 ただ、その中で個人の力量に圧倒的な差があった場合はどうだろうか。


 歩みを止めない餓狼がろう。担ぐ得物が長刀と知った盗賊達は長柄の武器を持つ者達が前に出て来た。不揃いな陣形は迎撃体勢だろうか。正規軍とは比べ物にならないほど練度が低い。それでも盗賊としては、素早い判断と見事な連携と言えるのだろう。


 おそらく指揮官不在の敗残兵。一つの部隊がそのまま盗賊として活動しているのかもしれない。


 盗賊達の対応を見てほくそ笑む餓狼がろう。担いでいた大太刀の柄を両手で握って腰溜めに構えた。すると、陣を敷く盗賊達へ向かって走り出す。まるで黒い疾風のように。


 男達から再三の警告があった。しかし、餓狼がろうはそれを全て無視。もはや耳に入ってすらいないのでは無いかと思えるほど。間合いが狭まる。大太刀の間合いは一足先。上がる餓狼がろうの口角。対する盗賊達は浮足立った。


 餓狼がろうが大きく踏み込んだ。


 盗賊達の得物と漆黒の大太刀はほぼ同じ間合いだった。両者が同時に攻撃を繰り出す。槍の刺突と大太刀の斬撃。軌道は直線と歪曲。最短で届くのは刺突の方だ。


 両者の攻撃が交錯した。大きな金属音。


 槍の穂先が跳ね上がった。力強い斬撃が槍をかち上げたのだ。歪曲して見えた漆黒の刀身が止まった。だが、目視できたのも一瞬。餓狼がろうの足捌き呼応するように漆黒の刀身が走る。下からの斬撃。斬撃の軌道には一人の盗賊が居た。斬撃が通過した後は倒れるでもなく、ただ動かなくなってしまった。


 仲間の視線が集まる。


 すると男の体がズレた。まるで風の刃が通り過ぎたようだった。


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