第25話 死神の大太刀 弐什伍

 犬神から聞いた盗賊達の根城へ向かう。示されたのは偉い僧侶が鬼門があると言い、霊峰・東山における墓場のような位置づけになっている場所。僧侶曰く、と。故に犬神や山の管理者でさえ名付けには反対姿勢であった。


 邪気は人の精神を蝕むとされている。凶人以外はその場合へ近寄らない、それが暗黙の内に決まっていた。


 犬神の祠を後にした餓狼がろう稲継いなつぐ達と合流。盗賊の討伐を名目として、その場へ向かうこととなった。


 道中で僧侶の話しと邪気のことを伝えた。すると、稲継いなつぐを筆頭に皆の表情が暗くなった。


「おいおい、もう邪気の影響を受け始めたって事はないよな。距離的にはまだ少しあるぞ。」


 餓狼がろうが呆れたように言う。だが、その言葉に反応するものはいない。何処かソワソワしている。


「大の大人が揃いも揃ってお化けが怖いって?死霊が出る訳でもあるまいよ。仮に出たとしても、奴等に体があれば何とかなろうよ。」


 無駄と分かりつつ餓狼が鼓舞する。


「いえ・・・。」


 歯切れの悪い返答があった。


「おい。隊長のお前のその調子だと、それが皆に伝染するんだぞ。どんな状況であっても毅然としてろ。愚痴や弱音なら俺にだけ言え。聞くだけならしてやる。」


 餓狼がろうが説いたのは隊長としての心構え。平時であれば稲継いなつぐが最も気を付けているところでもある。


 稲継いなつぐが躊躇った様子を見せた。それでも、意を決したように話し始めた。


「過去に邪気に取り込まれた者と対峙した時があります。人の身でありながら人ではないような・・・常軌を逸していると言うか。討伐までに多くの負傷者を出し、辛勝と言うべき内容で。あれではまるで鬼のような・・・盗賊の頭が邪気に飲まれている可能性はないのでしょうか?」


 稲継いなつぐの問に餓狼がろうが解を示す。


「その可能性は高いと思っているぞ。」


 まるで稲継いなつぐの不安が小さいものであるかのように、餓狼がろうはこともなしと言った感じで答えた。


 稲継いなつぐの表情が険しくなる。そんな彼の様子を見て、餓狼がろうが言葉を続けた。


「そうなればもう戻って来れないだろう。これらとしたら、人をやめちまった者を斬り捨てるだけだ。確かに奴等は人の形をしている。だが、それで殺るのを躊躇っていては、守れる者も死なせてしまう。鬼って奴等は待っちゃくれねぇからな。」


 稲継いなつぐは黙って聞いている。餓狼がろう話を続ける。


「それにな、奴等の頭の中は殺意と憤怒でいっぱいなんだってよ。そんな状態でまともな判断ができると思うか?本当かどうかは分からないが、昔偉い坊さんが言っていたから事実なんだろうよ。そうなりゃ、遅かれ早かれ周囲の人間に牙を向ける。その矛先は家族、友人、恋人、もしかすると自分の子供かもしれない。そうなれば不幸が膨らんでいく。ならば、早く命を終わらせてやるのが情けであろうよ。」


 餓狼がろうが道理を解いた。


「不幸を拡大させない為にも原因を摘んでしまえ、ですか。」


 視界の中で餓狼がろうが首肯した。



 一同が進むのは細い獣道。所々に何らかの印が刻まれている。まるで何者かの縄張りを示しているかのような。一同はさらに道を奥へ進む。目的の地が近づくにつれて気配と生活臭が増していった。食事をした後の骨がそのまま放置され、木の実の殻等が落ちていた。何らかの形跡がある度に、皆が進行を止めて身を隠した。それと同時に周囲の索敵を行う。盗賊が発見できなければ進行を再開。それを繰り返した。


 八度目の索敵。部下の報告を受けた稲継いなつぐが手信号で皆に指示を出す。皆の緊張が緩んだ。今回も盗賊との戦闘はなさそうだ。


 稲継いなつぐが問う。


餓狼がろう殿、目的地まではまだあるのだろうか?」


 餓狼がろう稲継いなつぐへ目を向ける事も無く返答した。


「ここから少し先だ。この細い道を少し進んだ先に古びた門がある・・・まぁ、古すぎて左右の扉なんか等の昔に外れた、今はただの二本の柱だがな。俺はそこまでしか行ったことがないのだが、奴らの塒があるのはその先。それは犬神から聞いた。おそらく本当であろう。二本の柱が見えたら要注意だ。そこから先は警備が一層厳重になるかもしれん。」


 情報を知っているのは餓狼がろうのみ。その彼が言うのであればそうなのだろう。稲継いなつぐ達は納得せざろう得なかった。


「ここからはほぼ一本道ですか。これでは策を弄したところであまり意味を成さないですね。奴らの出方を見ながら、その都度対処していくか。」


 稲継いなつぐが呟く。だが、それには餓狼がろうが否を示した。


「作戦はさておき。何が起こっても混乱しないような対応は考えておいた方がいい。確かに攻める側が不利な地形だ。それは間違いない。作戦も力押しに頼らざるを得まい。だがな、今回は殲滅までにあまり時間はかけたくない。お前を含む誰かが邪気に取り込まれないとも限らんからな。だいぶ減っただろうと思うが、盗賊の戦力は未知数。既に邪気に取り込まれた者が奴等の中にいると想定する。不安要素が複数あるのだから決めておけることは決めておけ。」


「では戦力を分けて・・・。」


「阿呆か。こちらは三十人そこそこしかいないんだぞ。少ない戦力を分けてどうするんだ。言っただろ?奴等の戦力が未知数だって。各個撃破されておしまいだ。」


「ではどうすれば。」


 稲継いなつぐが思考を巡らせる。


 過去に行った戦の中にこのような場合に最適な策がなかっただろうか。数年前の戦で何処かの部隊が行った動きを真似ればあるいは。わざと姿を晒して逃走、追ってきたら待ち伏せした兵が一斉に叩く。同じ事ができれば戦力を削ることができる。だが、姿を晒す者の危険が大きすぎる。こんな事でここまでついて来てくれた部下に命をかけろと命令はできない。


 悩んでいる稲継いなつぐが目に入っていないのか、餓狼がろうが一策を提案した。


「まずは俺が単騎で斬り込んでだな・・・何だよその目は。」


 稲継いなつぐはまるで馬鹿を見るような目を餓狼がろうに向けていた。


 この場合の正面突破が正攻法なのか奇策なのか、なんとも判断に困る。だが、稲継いなつぐは素直な感想を餓狼がろうに告げた。


「脳筋すぎやしませんか?」


 餓狼がろうが固まった。図星である。


 今まで単独での戦ばかり。こんな事を言われたのは初めてだった。正面突破以外にやり方を知らない。それでなんとかなってきたのだから。


 返答がないのが答え。餓狼がろうの様子を見た稲継いなつぐが一つの答えを導き出した。。


「それでは、餓狼がろう殿は思った通りに動いてください。私達が適当に合わせます。あまり時間をかけずに相手を殲滅。あの地を制圧する。その二点に問題はないでしょう。部下と打ち合わせをします。少し時間をください。」


 そう言い残した稲継いなつぐが背後に控える部下と合流して作戦会議を始めた。


 ここは盗賊の縄張りの中。見つかる前に彼らの話し合いが終われば良いのだが。もし、盗賊に見つかった場合は・・・とは、暗に周囲の警戒をお願いされたのだろう。


 盗賊の見回り回数は多くないようで、塒から出てくる者は皆無であった。


 餓狼がろうが盗賊の動きに目を光らせていると、背後から近寄る気配が一つ。しかし、餓狼がろうは目を動かしはしなかった。


「おまたせしました。作戦開始としましょう。」


 背後から声をかけたのは稲継いなつぐ。その声には決意と高揚感が漂っていた。

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