第24話 死神の大太刀 弐什肆

 餓狼がろうが洞窟へ足を踏み入れた。だが、犬神の祠付近に犬神の姿はない。洞窟の中を見渡す。やはり居なかった。あの白い毛並みを見落とすとは考え難い。


「アイツ、また何処かに行っちまったのかよ。真面目かよ、まったく。たまにはゆっくりしてろっての。」


 餓狼がろうが悪態に近い言葉を吐き捨てた。すると、背後から声をかけられた。


「我は自分の責務を果たしているだけだ。文句を言われる筋合いは無い。」


 振り返ると、洞窟の入り口付近に犬神の姿があった。


「なんでお前はいつも居ないんだ。こっちは急ぎで聞きたいことがあるってのに・・・いったい何処に行っていたんだよ。」


「我とて神の端くれ。土地神である以上はこの山の見回りは必須ではないか。もっとも、責務よりも自身の感情の方を優先している奴も居るがな。」


 そう言いながら犬神は洞窟の奥へ進んだ。そして、伏せて楽な態勢をとる。


「お前が言う感情優先の奴は神なんだろう?」


「そうだ。」


「そんなんが土地神だと、その土地に住んでいる者達がたいへんだろうな。そもそも、なんでそんな奴が土地神になっているんだ?」


「それは分からん。我が選定したのではないからな。」


 犬神が即答する。その後、この話には興味がありませんと言わんばかりの大きな欠伸をした。


 大きな口を閉じた犬神が言葉を続ける。


「しかし、奴の土地に住んでいる者達が大変かと言われればどうか分からん。少なくとも財を成す者は私が管轄するこの地よりも多いと聞く。だからと言っていい事ばかりではない。反面では貧富の差がはっきりしているようだ。幸運を手にする機会はそこら辺に転がっている国だが、転落も早い。」


 餓狼がろうが知っている国の中にもそんな国がある。


「それはもしかして・・・。」


「あぁ、沙流川の地。土地神は猿神だ。」


「あの国は多くのことに紋章学が絡んでくることは知っている。今回の転移紋章陣にしても、こちらに進軍を悟られない手段としては非常に有効だ。稲継いなつぐ殿が狗神いぬがみの領土内に来ているのがその証拠。今回は発見できたが、盗賊達の捜索がなければ見つけられなかったにだろう。だが、危ない橋を渡っているのも事実だ。ただでさえ数が少ない紋章術師を敵地に送って、その上で陣を敷かねばならないのだから。その時点で見つかっては全滅は必須だ。」


「その辺のことを言われても何も言えん。我は猿ではないのだから。」


 犬神が言った。続く言葉で違う指摘を餓狼がろうにした。


「先に声をかける前、我をアイツ呼ばわりは関心できない。現在もお前呼ばわり。これでも我は土地神なのだ。貴様が破壊神の使徒とは言え同格ではないのだ。少しは敬う心ってやつを考えても良いのではないか?。精神修行も貴様を強くするだろう。」


「獣のくせに細かいことを気にする奴だな。でもまぁ、確かにお前は神だ。アイツ呼ばわりしたのは悪いと思っている。だからと言って、俺に精神修行の重要性を解いてきたのは父上だけだ。それももう何十年も前の話。」


 犬神が鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「我が言っているのは礼儀の話だ。そもそも義理や任侠と呼ばれる精神を持つ者の多くは、窮地で実力以上の力を発揮するからな。貴様もここから更に強さを求めるのなら、その辺を求めて礼を正してみてはどうだろうか。個体として格が上がるぞ。」


「御講説感謝する。前向きに検討するよ。」


 その言葉とは裏腹に、餓狼がろうは手をひらひらと動かし、そっぽを向いてしまった。意見を受け入れる気が無い者の動作である。


「まぁ、強要はせん。どう判断するかは貴様の自由だ。」


 少しの静寂。餓狼がろうは先に犬神に言われた事で思う所でもあるように黙ったまま。その様子を見ていた犬神が声をかけた。


「何を黙っている。何か聞きたいことがあってここに来たのではないのか?我は読心術を体得してはいないからな。このままでは貴様の目的は果たせんぞ。」


 この言葉に反応した餓狼がろうが犬神へ目を向ける。


 確かに犬神の言う通りだ。今考えていた事を振り払うように首を左右に振った。そして、犬神に告げる。


「そうだった。獣の分際でよく気が付くじゃないか。」


「先も言ったであろう?これでも神の端くれだと。貴様の考えは読めずとも、どうしてここへ来たのかくらいは察するくらいはできる。それに、我は日課を終えて一眠りしたいのだ。これではおちおち眠る訳にもいかんだろうが。」


「寝込みを襲うなんてしないって。安心して眠ってくれ。」


 餓狼がろうの言葉に犬神が首を振って否を示した。


「破壊神の使徒が居ては悪夢で魘されそうだ。我としては貴様が早々に立ち去る事を希望したいのだが。」


「悪夢ね・・・。」


 ここ数年、餓狼がろうは夢を見ることがなくなっていた。


「・・・そもそも、お前様は夢を見るのか?」


「貴様、馬鹿にしているのか?我とて夢くらい見る。貴様ほど自分の運命に冷めた目を向けていないのでな。見れば分かるぞ、貴様は生きる目的を失っている者の目をしている。これでは盗賊の方が・・・いや、山の中で生を謳歌している動物の方がまともな目をしているぞ。」


 犬神の言葉には何も返答がない。根っこの部分を見られたようで、餓狼がろうは苦笑するしかなかった。


「再度の御講説感謝する。だがな、今回ここに来たのは盗賊共の居場所に関してだ。何か知らないだろうか。」


 犬神がジッと餓狼がろうを見つめる。


「沙流川の兵の件はもう片付いたのか?先にそっちを・・・。」


「終わっている。彼等の少数が俺と共に盗賊の殲滅を行う予定だ。」


「そうか、貴様は長い時間戦うと・・・おっと、今はそれは関係ないか。良いだろう、我が知っている事を貴様に教えてやろう。」


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