第23話 死神の大太刀 弐什参

 転移紋章陣の処理を終えた一同は、一度勘宝かんほう達が居る職人達の集落に戻る事にした。


「大丈夫でしょうか?私はともかく、部下の甲冑は沙流川の物。敵と見なされて攻撃されるかもしれません。ここは一つ、餓狼がろう殿だけで・・・。」


「いや、それでは時間がもったいない。」


 餓狼がろうはそう言ったが、本音は交渉して戻ってくるのがである。


 土地勘のない稲継いなつぐ達を残して勘宝かんほう達と合流する選択をした場合。彼等の身が危ないのではないか。盗賊達が大人しくしている保証がない。稲継いなつぐ達が襲われ、それこそ全滅でもしたら元も子もない。だが、稲継いなつぐが言う事も分からないでもない。


 いろいろ考えた末に餓狼がろうが代替案を提示した。


「我等だけで盗賊共を殲滅してみるか。その方がまだ現実的な・・・。」


 餓狼がろうがポツリと口にする。


 その言葉を聞いた稲継いなつぐが部下に目配せした。皆が一様に頷く。意思を確認するように。


 最期に稲継いなつぐが言った。


「その案に乗りましょう。全員が私と同意見のようですし。味方になるであろう者に刃を向けられるより良いかもしれません。その武勲があれば狗神いぬがみ家の末席に加われましょう。」


 稲継いなつぐ森河もりかわりょう達側近の目が鋭くなった。


「そう言ってもな。盗賊共がどれほど残っているのかまでは分からんのだぞ。やる気は買うが、この人数で対処できるとは・・・。」


 稲継いなつぐ餓狼がろうの言葉を最後まで聞かずに部下に号令をかけた。


「皆の者、聴け。今から不埒者共に制裁を加えに行くぞ。この地の守護者が誰であるかを分からせてやるのだ。急ぎ準備に入れ。」


「お、おい・・・。」


 その場にいた者達が一斉に声を上げる。身を隠す事など考えていないほど大きな声。静止しようとした餓狼がろうの声がかき消されてしまった。


 皆が武具の点検に入る。今は餓狼がろうの傘下に入っているとは言え、彼等にとってここは元敵地。すでに甲冑は身につけている。準備と言っても部隊の再編成が主である。


 部下の動きを見ていた稲継いなつぐが餓狼に気付いた。餓狼がろうの手が稲継いなつぐの肩に触れる直前で止まっている。


「どうしたんですか?」


 稲継いなつぐが不思議そうな声で問う。


「いや、何でもない。」


 餓狼がろうは何も言えず、自分の意見を引っ込めるしかなかった。


 餓狼がろうとて彼等の心意気を無下にはしたくない。戦意が高まった今の彼等ならばあるいは、そう思える程には彼等の強さを分かっているつもりだ。


「なに、心配には及びませんよ。沙流川さるかわに流れ着く前の我々は傭兵団でした。元々の集結理由は盗賊の殲滅。戦屋ではありません。些か時間が空いてしまいましたが問題無いでしょう。」


「そこに対して心配なんざしていない。だがよ、こちらから仕掛けるのなら目指すは圧勝だ。不抜けた戦いはしないように、気を抜くんじゃねぇぞって言っておけ。」


「無論です。」


 稲継いなつぐはそう言ってニヤリと笑った。その短い言葉には自信が伺えた。


 森河もりかわりょうが部隊の再編を行う傍ら、稲継いなつぐ餓狼がろうに問う。


「盗賊共は何処にいるんでしょうか。配置と地形によって攻め方が変わります故、詳しい地形等分かれば教えていただきたい。」


 問われた餓狼がろうは苦笑するしかなかった。


「盛り上がったところに水を差すようで悪いが、俺は何も知らんぞ。」


 その返答を聞いた稲継いなつぐが固まった。笑顔に暗雲が立ち込める。


「人をそんな目で見るんじゃねぇよ。だって仕方ないじゃないか、俺は流れ者なんだから。今ここにいるのだって得物の手入れが目的。そもそも、先に勘宝かんほう達と合流する予定だったんだ。それをお前等が・・・盗賊の根城が分かっていればここで手をこまねいていたりはしねぇよ。」


 稲継いなつぐは何も言えなかった。


 餓狼がろうの技はこの目で見た。死神の名が伊達ではないのは対峙してよく分かる。並の盗賊がいくら束になって掛かっても彼を倒す事は叶わないだろう。おそらく、一太刀入れる事だって出来ない。それほど実力が常軌を逸している。


 稲継いなつぐが腕組みをして唸り声を上げた。


「それでは予定の大幅な変更が必要。えー・・・それでは先に斥候を出して・・・。」


 餓狼がろうが提案に否を突き付けるように首を横に振った。


「斥候を出して戦力を分けるのは賛成しない。お前等にはここの土地勘が無い。迷った挙げ句に各個撃破されるのがオチだ。」


「それなら・・・。」


 稲継いなつぐの言葉を遮るように餓狼がろうが手で制す。


「僅かばかりの時間をくれ。知っていそうな者に心当たりがある。」



 稲継いなつぐと元沙流川兵達を残し、餓狼がろうは別行動をする事にした。


「・・・ったく。相変わらずの単独行動だな、おい。」


 餓狼がろうが悪態をつく。


 今から向う場所に他の誰かを連れて行くのは憚られた。餓狼がろう自身は特に問題にしない。けれど、がどう思うかは分からない。


 故に一人で向う必要がある。


「奴すぐに答えを出してくれるんだろうが、俺だけがこんな歩かなきゃならないなんて納得できねぇ。後で、勘宝かんほう達に文句の一つでも言ってやらなきゃ気がすまねぇ。」


 その後、黙々と歩き続けた餓狼がろうが向かった先は東山川の大滝だった。


「奴に聞くのが一番手っ取り早いからな。土地神を情報屋みたいに使うのはどうかと思うが。」


 餓狼がろうは滝裏の細道へ入って行った。

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