第21話 死神の大太刀 弐什壱

 水戸部みとべ稲継いなつぐは兵の再編成を行った。


 各兵個人の意思を確認。稲継いなつぐは兵の多くが国に家族を残していることを知っている。故に、沙流川さるかわの地に戻りたい者はその意思を尊重した。多くはここで命が尽きるのを覚悟していたようだ。しかし、この提案は稲継いなつぐからで。餓狼がろうに命を預けた以上、今の私にはそれくらいの事しかできない、そう告げた。同時に謝罪と感謝の言葉も添えられた。


 稲継いなつぐが岩場に座っている餓狼がろうに告げる。いや、報告したと言うべきか。


餓狼がろう殿、兵の再編成が完了しました。共に残ると言ってくれた兵の数は三十六。」


「意外と残ったじゃないか。」


 餓狼がろうが立ち上がる。そして、稲継いなつぐへ目を向けてニヤリと笑った。


「残った者の多くは、私と共に沙流川の領地に流れ着いた。言わば戦友です。よもや裏切ることは無いでしょう。」


 声からは緊張が伝わってくる。そんな稲継いなつぐに対し、餓狼がろうは忠告のような返答をした。


「その辺はお前等の好きにしていい。だがな、裏切ったら斬り捨てられると思っていてくれ。斬り捨てるのは当然俺。恐怖で支配しようとは思っていないが、それくらいの気持ちで居て欲しい。」


 完全に釘を刺された形だ。肝に銘じたと言わんばかりに稲継いなつぐが首肯する。


 魔獣との戦いを見ていても感じた。そこはかとなく餓狼がろうから感じる余裕。その気になれば人一人程度、一刀の下に斬り伏せる力を有しているのだろう。


 餓狼がろうが腕を組んで問う。


「それで、転移紋章陣はどれくら掛かりそうなんだ?現状は特に急がなくてはならないことも無いのだが。時間があるかと問われれば、無いと返答したいところ。その辺どうだろうか。」


 餓狼がろうの問を受けた稲継いなつぐが、再構築までの大まかな時間を聞いて来るように命じた。


「はい、すぐに。」


 命を受けた部下が駆け足で立ち去る。


餓狼がろう殿、申し訳ないが少々待たれよ。」


 待つこと暫く。部下が戻ってきた。


「進捗はどんなものだろうか。」


 稲継いなつぐが報告を促す。


「報告します。先程陣を敷き終わったと。後は、再構築した紋章陣の運用試験を慣行。問題がなければすぐにでも沙流川領土への転移が可能であると。」


「ならば、その運用試験を急ぐように伝えろ。魔獣のこともある。のんびりしている時間は無いと思って動くようにと。」


 命を受けた部下が立ち去る。


 転移紋章陣の運用にはもう少し時間がかかりそうだ。それが終わり次第沙流川さるかわ本国へ送り返す。


 無茶な命令なのは稲継いなつぐ自身がよく理解している。おそらく、現場では悪態に近い愚痴が多く上がっている。それでも急がねばならない。


 稲継いなつぐは急かしていることを悪いと思いつつ、自分の部隊の中に命令に応えられない者はいないとも思っている。


 転移紋章術の運用試験が終わったと報告があったのは、その後すぐのことだった。


 餓狼がろうが素直に感心する。


「命令に対してすぐに結果を出せる部下。凄く洗練された仕事をする。良い部隊だ。彼らの多くを送り返すのがもったいなく感じてしまうな。」


 稲継いなつぐが苦笑いで答えた。


「私を嘘つきにしないでください。戻る者は沙流川領土に家族を残しておりますので。皆優秀な者達です。今後も力を貸して欲しいとは思いますし、多くの者が残ると言ってくれました。ですが、私は彼等の事情を知っています。故に、この地に骨を埋めろなど、とてもではないが言えなませんでした。」


「そうか。俺は配下を持つ身ではない。だが、もし配下を抱えるなら、ここの部隊のような者達がいい。部下が本物の自尊心を持てるのはお前が良い上官である証拠だ。もっと誇っていいと思うぞ。」


 餓狼がろうの言葉を受け、稲継いなつぐが照れくさそうに頭を下げた。


「その言葉、冗談でも嬉しく思います。」


「俺は世辞は言わん。」


 餓狼がろうがぶっきらぼうに言った。その言葉を受けた、稲継いなつぐがクスリと笑った。


「私と部下達は元は流れ者。長く沙流川さるかわに仕えていた訳ではありません。戦地を転々と・・・そうですね、傭兵。それが、私達に対する世間の認識だったと思います。徒党を組んでいたので餓狼がろう殿の立場とはまた違うのですが。」


 稲継いなつぐの言葉が途切れる。次の言葉が出て来ない。


「そうか。」


 餓狼がろうはこれ以上は聞かなかった。


 彼等の過去の話など、聞いても面白いものではないのだろう。それだけでも彼等がどんな生き方をしてきたのかが垣間見える。


 今ここに居るのだって、転移紋章陣の運用試験を兼ねた先鋒隊として送り込まれたと言っていた。おそらく、沙流川さるかわでも信用を勝ち取るには至らなかったのだ。稲継いなつぐの人となりを見ると、決して実力の無い人物ではない。おそらく、以前から仕えていた者達の足の引っ張り合いに巻き込まれたのだ。


「とりあえず、転移紋章陣で兵達をお繰り返してしまいましょう。」


 稲継いなつぐは紋章陣へ向かった。その後を数人の部下が追う。餓狼がろうもそれに続いた。


 転移紋章陣があったのは洞窟の一角であった。


「おぉ、随分な場所にあるじゃないか。一部隊を送り込むならもっと適した場所はあったんじゃないか?」


 洞窟の中で餓狼がろうの声が反響する。


「偉い紋章学者から受けた説明では、この場に満ちる気の流れが転移紋章陣を起動させるのには必要不可欠であると。ですが、詳しい事情は私には分かりません。魚になんで水中で呼吸できるのかを問うようなもの。話をされたところで私の頭では理解ができなかった。」


 餓狼がろうが肩を竦める。


「偉い学者さんは理屈を捏ねたがるからな。」


「えぇ、まったくです。」


 二人の会話に、その場にいる全員が笑った。


 奇しくもこの場に居るのは前線で戦う者達だけだった。

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