第18話 死神の大太刀 什捌

 悲鳴を聞きつけた水戸部みとべ稲継いなつぐが、近衛を連れて現場に到着した。既に戦闘は始まっている。


 状況を確認しようにも、今は槍を構えた兵の背中しか見えない。


「何が起こっている。」


 声を張り上げた。事態にあたっていた兵に状況の報告を求める。声に気付いた侍大将が簡潔に状況を報告した。


「魔獣が出現。被害多数。」


 報告を受けた稲継いなつぐは驚きのあまりに頭を抱えた。


 魔獣とは邪気が野生動物に宿った者。普通の動物より強暴性が増し、生存以外で命を奪う。そこには目的も何もない。


 沙流川の地でも度々魔獣の出現は確認されている。その対応に特化した部隊を抱えている程だ。


 今率いている部隊は魔獣との戦闘を想定した部隊ではない。故に、水戸部みとべ稲継いなつぐが問う。


「どうして不幸って奴はこうも連鎖するんだ、まったく。それで・・・状況はどうなっている。討伐はできずとも、押し返すだけでも構わん。」


 常に冷静な稲継いなつぐだったが、今回ばかりは忌々しさを隠せなかった。


 稲継いなつぐの問いに侍大将は首を左右に振って解とした。その後で補足の状況の説明を始める。


「全力で対処しておりますが、現有戦力では被害を抑えるのが精一杯。些か分が悪いかと。個人的な意見としてはこの場の放棄、撤退を強く進言します。」


 侍大将の進言を受け、稲継いなつぐは頭が痛い思いだった。


 撤退・・・撤退するか、いったい何処へ。土地勘がない山の中で兵を何処へ導けば助かる目星が立つとんだ。それでも、ここでいたずらに兵を失う訳にはいかない。だが、ここを放棄したとして、転移紋章陣の復旧はどうする。まずはそれが成せなければ、逃げるも戦うもないではないか。


 稲継いなつぐは魔獣と戦う兵の背中を見た。


 兵達が槍衾を組んで対処にあたっている。この場所からでは魔獣の姿を見ることはできない。長槍で対処できていると考えれば、飛行能力を有している訳ではなさそうだ。


 指揮官としての決断を迫られている。深く考えている時間は無い。


 稲継いなつぐが天を仰ぐ。


「撤退するとして、兵達はどれほど持ちそうか?」


 侍大将に問う。


「持って半刻。兵の疲労を考慮すると、もっと短いかもしれません。ですが、その際は一命にかえても時間を稼ぎます。」


「すまん。」


 稲継いなつぐが謝罪の言葉を告げる。それは非常に弱々しい声だった。それだけで稲継いなつぐが苦渋の決断をしたのが分かる。


 それが侍大将に届いたかどうかは分からない。それでも時間を無駄に消費する訳にもいかない。


 すぐに水戸部みとべ稲継いなつぐが近衛に撤退の指示を出した。


 だが事態が急変する。


「な、なんだお前は。」


 見張りの叫びが耳に届く。その直後に聞こえる悲鳴。


 全身で感じる死が迫る感覚。稲継いなつぐは危機を感じて悲鳴の上がった方を見た。



 餓狼がろうが漆黒の大太刀を担いで駆る。標的を定めた獣のように。沙流川さるかわ軍の野営地へ単騎駆。混乱しているこの状況ならば奴等をれる。


 野営地へ駆けながら餓狼がろうが思考を巡らせる。


 悲鳴は断続的に聞こえる一方、武器が打ち合う音は聞こえない。先に戦った沙流川さるかわの部隊ならば、相手の多少人数が多くても一方的に殺られることはないだろう。ならばこの状況、盗賊が奇襲を仕掛けたとは考え難い。奴等が何と戦っているのか明確では無い。場合によっては相手が変わるかもしれない。


 進む先に立派な甲冑を身に着けた男が一人。彼には見覚えがある。先の戦闘で指揮をしていた男で間違いない。雰囲気が違う数名が周辺を固めている。それが部隊の隊長が彼である事の証明だろう。


 餓狼がろうの接近に気付いた者が、隊長を護らんと抜刀する。それに呼応した指揮官以外他の者達も抜刀した。各々が強者の気迫を纏っている。先の戦闘で殿を務めていた大男より格段に強い。


 餓狼がろうが担ぐ大太刀の柄を両手で握る。横凪の一閃を放った。次の瞬間、甲高い金属音が響く。餓狼がろうの一撃は三人掛かりで受け止められた。すぐに二人が餓狼がろうの両側面に飛び出す。よく連係の取れた動き。


「取った。」


 声が聞こえた。餓狼がろうが上体を反らす。左右から繰り出された刺突が頬を掠める。標的を失った切っ先が餓狼がろうの目の前で交差した。


 後ろへ飛び退く餓狼がろう


「やるじゃないか。三人掛かりとは言え、俺の一撃が受け止められたのは何時以来だったか。おまけに反撃までしてくるとは。見事な連係だ、よく鍛錬されている。」


 餓狼がろうが讃辞を口にした。


 大太刀を受けた者、刺突を避けられた者、皆が一様に苦い表情をしている。力量差が明確にある者が相手でも、今の連携が必殺の連係。成果を上げるのには十分だったのだろう。


「次は簡単に連係がとれると思うな。俺がそれをさせない。」


 餓狼がろうが告げて大太刀を構え直した。すると、辺りの空気が一変する。剣気が膨れ上がる。それにあてられた者達の体が硬直した。


「ちょ、ちょっと待て。お願いしたい事がある。」


 不意に聞こえた言葉。それは場に相応しくない懇願の声だった。声の主が餓狼がろうへ駆け寄る。


 この部隊の隊長だった。


「ここは見逃してくれまいか。いや、部下の命を助けてはくれないだろうか。」


「貴様、この状況で自分が何を言って・・・。」


 餓狼がろうが言いかけたその時、別の声が聞こえてきた。それは叫びに近い声だった。


水戸部みとべ様、お逃げを。」


 その声と共に数人の男達が宙に跳ね上げられた。そして、餓狼がろうはそれを引き起こした犯人を目撃する。


「魔獣・・・。」


 餓狼がろうが呟く。


 その風貌は頭に一本の角がある熊。角に目が行きがちではあるが、前足が不自然に発達している。あれで殴られたなら、屈強な兵でもただでは済まない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る