第10話 死神の大太刀 什

 犬神の祠がある洞窟から出た餓狼は、一度集落へ戻ることにした。けれど、頼まれた以上は菊之助きくのすけの耳に入れておく必要があると考えたからだ。


 山道に入り、獣道を進む。すると、不意に餓狼がろうが歩みを止めた。そして、山の中に響く声で忠告した。


「尾行は上手いが気配を消せてはいない。忍びとしては修行不足だな。」


 餓狼がろうが視線を向けた先、木の陰から一人の男が姿を表した。


 槍を携えた男。背はさほど高くない。しかし、纏う雰囲気が只者でないと言っている。現れた男は身形がしっかりしている。先日斬った盗賊達の身形が汚すぎたって話なのだが、それはこの際どうでもいい。


 この男は何処に属している。盗賊、それとも狗神いぬがみ家だろうか。それらとも違う組織だろうか。今は情報が少なすぎて何も分からない。会話から情報を得ることはできないだろうか。こんな時なんて声をかければ良いのやら。


 餓狼がろうが顎先に手をあてて考える姿勢をとった。


 山中で出会った者に天気の話をされたら対応してくれるだろうか?いや、どうだろうか。目の前の男は世間話に付き合ってくれる雰囲気がない。もし盗賊ならばとっ捕まえて何者なのかを吐かせてしまえばいいのだが、狗神家の家臣だったなら・・・それを考えると、ここで迂闊なことはできない。


 男の目に餓狼がろうはどう映ったのだろうか。槍の穂先が餓狼がろうへ向けられた。答えはそれで十分。


「おいおい、問答無用か。物騒な奴だ。その態度、俺は関心せんな。」


 餓狼がろうが大太刀の柄へ手を伸ばした。すると、稲妻のような槍の一撃が大太刀の柄付近を襲った。


 餓狼がろうが舌打ちしつつ後退する。追撃。槍の連撃を躱していく。


 男の足さばきも相まって槍の連撃は速い。よく研鑽されたいい動きだ。それでも、数撃も見れば動きの癖が分かってくるそうなれば、いくら速かろうが攻撃を避けることなど造作もない。


 いきなり拍子が変わらない限り、奴の槍が餓狼がろうを捉えることはできない。


 餓狼がろうが大木を背にした。もう後退することはできない。好機と睨んだ男の一撃が迫る。避けた刺突が大木に突き刺さった。男の胸ぐらへ餓狼がろうが手を伸ばした。だが、その手が掴んだのは何もない空間だった。


 いつの間にか槍を手放した男が遠間にいる。そして、腰に下げた小太刀の柄に触れた。その動きに呼応して、餓狼がろうが背中の大太刀の柄を握る。今回は飛び込んで来る気配はない。


 それならばと漆黒の大太刀を抜刀。そして、担ぐような構えをとった。餓狼がろうの剣気が膨れ上がる。しかし、目の前の男の剣気は一向に膨れ上がらない。これが逆に不気味に思えた。


 彼等の放つ気に驚いた鳥達が一斉に飛び立つ。


 次の瞬間だった。


 一気に間合いを詰められ、餓狼がろうの懐に入ってきた。速い。同時に抜刀された小太刀が餓狼がろうの喉元に迫る。この間合いでは大太刀は不利。男を斬り倒すことも、小太刀を受けることもできない。


 無意識下で餓狼がろうの体が反応した。男との間合いを更に詰め、前進の勢いそのままに体当たりする。


 体勢を崩した男が後退した。


 餓狼がろうはその好機を見逃さない。漆黒の一閃を繰り出す。未だ体勢を立て直せていない男は小太刀で受ける構え。漆黒の大太刀が小太刀が交錯する。しかし、その直前で餓狼がろうが飛び退いた。立っていた場所には数本の短刀が刺さる。


「避けられた?なかなか腕が立つじゃないか。」


 別の男の声。仲間が居たようだ。


「勘さん、この男強い。並の盗賊じゃない。」


 と呼ばれた男が抜刀した。


 こいつら俺を盗賊だと思っている?確かに身形は盗賊・・・なのか?まずはこちらから情報を開示すべきだなこれは。


「待て待て、お前達はなにか勘違いをしている。俺は盗賊ではない。」


「ならば、この地に何用で足を踏み入れた。」


 後から現れたの方は話が通じるようだ。だが、刀の切っ先がブレずに餓狼がろうへ向けられている。


狗神いぬがみ家家臣、菊之助きくのすけ殿に頼まれたのだ。犬神の祠の様子を見て来て欲しいとな。」


菊之助きくのすけ・・・。貴殿の言葉を信ずるに値する証拠を示せ。」


 餓狼がろう菊之助きくのすけから預かった首飾りを見せた。


「確かに。剛平ごうへいあいつは盗賊ではないようだ。刀を引け。」


「だが、あれは菊之助きくのすけから奪い取った可能性がある。首飾りを持っているからと言って、奴が味方とは限らないじゃないか。」


「冷静になれ剛平ごうへい。そもそも菊之助きくのすけが盗賊なんかに名乗ると思うか?」


「確かにそう・・・。だが、味方のふりをして名乗らせた可能性もある。」


 剛平ごうへいと呼ばれた男が語気を強めた。しかし、勘宝かんほうは左右に首を振って否を示す。


「あいつの顔を見てみろ、そんな狡猾なことを考える者の顔じゃない。どう見たって脳筋の類だろ。そこまで頭が回るとも思えん。」


 会話内容は餓狼がろうにとって凄く失礼なものだった。このまま斬り殺しても罰は当らないのではないか、餓狼がろうはそう思ったほど。


「そうだな。」


 剛平ごうへいがすぐに引き下がる。そこは少し反論しろ、餓狼がろうは内心叫んだ。


 二人が納刀したのを見て、餓狼がろうが構えを問いて大太刀を納刀する。何故か釈然としない気分だ。


 二人は狗神いぬがみ家家臣、勘宝かんほう剛平ごうへいと名乗った。互いの情報を共有する。


 餓狼がろうが告げる。


「職人達の集落に戻った方がいい。菊之助きくのすけ殿以下十名が居るはずだ。」


「盗賊達の残党は?」


「大半は俺が斬ったが、まだ潜伏しているかもしれん。八名が二班周辺を回っている。森が静かって事は、まだ戦闘になっていない。盗賊と遭遇はしていないってことだ。」


 勘宝かんほうが目配せすると剛平ごうへいが頷いた。


餓狼がろう殿、ここで少しお待ちいただく事はできるだろうか?」


 勘宝かんほうの言葉を受けて、餓狼がろうが眉根を寄せる。


「集落へ戻る事を職人達に伝えてくる。その間お待ちいただきたい。」


 毅然とした態度で告げる勘宝かんほう


 餓狼がろうは思った。まだ信用はされていないようだ、同時に勘宝かんほうがそう言った理由も理解できる。信用はできないが、菊之助きくのすけ・・・もしかすると、狗神いぬがみ鋼牙こうがの客人なのかもしれない。失礼があってはならないことも分かっているだろう。


 そう考えると、この対応が一番当たり障りがない。


 餓狼がろう勘宝かんほうの気持ちを察して頷いた。

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