第8話 死神の大太刀 捌

菊之助きくのすけ達が集落に突入した時には全てが終わっていた。


それは決して大げさな表現ではない。至るところが赤黒い染みが張り付き。屍と呼ぶには、些か憚られるがそこら中に転がっていた。集落の中で立っている餓狼がろうただ一人。その姿はまさに死を運ぶ者。


その佇まいは死神の異名が過剰な表現ではない事を物語っていた。


「餓狼殿・・・。」


菊之助きくのすけが声をかける。その声は届いているだろう。だが、餓狼がろうは何の反応も示さなかった。次の言葉が出てこない。


菊之助きくのすけへ視線を向けることもなく、落ちている布を拾い上げた餓狼がろうは、その布で漆黒の刀身を拭った。


布が血の赤に侵食されていく。刀身が漆黒なので、目視で血糊が拭き取れているのかは分からない。切っ先まで拭き取った後、餓狼がろうは布を手放す。そして、漆黒の大太刀を鞘に収めた。


「集落の捜索を頼む。まだ残党が居るかもしれん、用心なされよ。」


餓狼がろうが何の前触れもなく言った。


集落の建物は工房も兼ねているのでそれぞれが大きい。しかし、その分数は少ない。それぞれの仕事の邪魔にならないように配慮した配置なのか、集落の建物は一軒一軒が離れている。建物の間には物置小屋や荷馬車が置いてある場所もあり、数人入っても十分身を隠すことができる。


菊之助きくのすけは一班五名を三組作らせた。その者達に集落の捜索を命じ、自身も含めた残りの者で骸の処理を開始した。


捜索にはさほど時間はかからなかった。各組から報告を受けたが・・・。


「集落の中からは誰も見つける事ができませんでした。」


三組共同じ報告が上がる。菊之助きくのすけが期待していた結果にはならなかった。


少なくとも勘宝かんほう剛平ごうへいは見つけて欲しかった。それか職人達。どちらかが居てくれればもう一方の情報も得られただろうから。


知っている馬が繋がれていた事を考えると、勘宝かんほう達は集落内で盗賊に遭遇したのだろう。勘宝かんほう剛平ごうへいならば盗賊の討伐は叶わなくても、その場から逃げるくらいはできるはず。


可能性としては、二人が職人達と共に逃げた。それか、職人達を人質に二人が連れて行かれた。どちらにせよまだ生きている可能性がある。最悪は逃げた先で殺された。


今は最悪は考えないようにしよう。菊之助きくのすけが気持ちを入れ替えた。


菊之助きくのすけが次の指示した。


「次は山の捜索に移る。先に餓狼がろう殿が多くを斬り捨てたとは言え、盗賊達を壊滅させたと断じる事はできない。遭遇する可能性はある。故にこれを渡しておく。盗賊と遭遇した時はすぐに吹いて知らせるように。」


菊之助きくのすけは六つの笛を取り出し、各班の班長と副班長に渡した。


「それで、餓狼がろう殿。一つお頼みしたいことが。」


菊之助きくのすけ餓狼がろうを見た。



五人を最低限の戦力として捉え、捜索範囲を確保するために同じ人数で三組にした。主な目的としては勘宝かんほう剛平ごうへいの二人と職人達を探すこと。山歩きになることと、盗賊達に動きを悟られないようにするために馬は集落に残す事になった。察知されては対策を取られてしまう。


菊之助きくのすけを長に据えた残りの者達は集落に留まる。それぞれが自分の仕事をしている。


その中で餓狼だけが単独で行動をしていた。獣道を慎重に進んでいく。気配を消して息を殺しながら。


菊之助きくのすけ殿が言っていた場所はこの辺りか。」


東山とうやま川の上流に向かって行くと大きな滝がある。菊之助きくのすけはその付近を調べて欲しいと言ってきた。


この辺には祠がある。地域の守り神である犬神を祀ってる。神事の時以外は狗神家の者達も職人や町人達でさえ近付くことはない。本来ならばそこには神官や巫女しか訪れることは許されない場所であるらしい。


「こんな所に野盗が巣食うなんてことがあるのか?」


普段誰も訪れない場所は日陰者には絶好の隠れ場所になる。


そこに入っては神罰が下ると言われていても、無頼漢にとっては下らない神罰なんぞ無いのと同じだ。不慮の事故で命を落とした者がいたとしても、神罰とは結びつけずに、その言葉だけで全てを片付けてしまうだろう。


餓狼がろうも無頼漢の類ではあるが、超常現象で命を失いたくはない。故に神罰が下らない対策として、菊之助きくのすけから御守を持たされた。


「本当にこんなので大丈夫なんだろうな。」


そう呟いた餓狼がろうが、こんなのと言い捨てた御守りに触れる。


これもこの集落の職人の仕事なんだろうか、中心に赤い宝石を据えた見事な装飾が施されている。後付であろう紐で首飾りの装いになっている。市場に流せばかなりの値がつくのは間違いない。


「このまま売ってしまった方が俺の利益は大きいんじゃないのか?」


悪い考えが頭を過る。しかし、その考えを振り払うように頭を振った。


人の信頼はお金には変えがたい、特に餓狼がろうのように根無し草の浪人ならばならなおさらだ。


「確か、犬神の祠があるのは滝の裏側だったか・・・。」


滝壺へ視線を向けると、上から打ち付ける水の流れの裏側に少し隙間があるのが分かる。人がギリギリすれ違える程の細い道がある。


餓狼がろうは息を殺して移動した。


滝壺の裏側付近まで来たが、祠へ続く道からは人の気配を感じない。


菊之助きくのすけ殿の予想が外れたってことか・・・。元々可能性は低いと前置きされていたからな。骨折り損だぜ、まったく。」


可能性を潰すと言う意味では自分の働きにも意味がある、餓狼がろうは自分に言い聞かせた。


「ここで引き返しても問題はなさそうなものだが、祠の中まで見ておくか。」


餓狼がろうは滝壺の裏の道へ入っていった。




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