第3話 死神の大太刀 参

 菊之助きくのすけが男に水筒を渡した。


「とりあえずこれを飲め。それから頭を整理するんだ。落ち着いたら話せ。言葉は選べよ。・・・と言うか、そもそもお前は何者だ。」


 男が水筒を受け取る。蓋を開けると、大きな一口で水を飲んだ。すると、顔から焦りの色が薄らいだ。


 男が礼を言いつつ水筒を菊之助きくのすけに返す。


 戻って来た水筒がやけに軽い。中身が半分なくなっているようだ。こいつの一口はどれだけ大きいんだ、菊之助きくのすけは思わず眉を潜めた。


「お見苦しい所を・・・。私は家族で各地を巡り、行商を営んでおり、名を十吉とうきちと申します。」


「それで、行商人がそれほど慌てる事態とは何だ。盗賊にでも出くわしたか?」


 菊之助きくのすけが話を進める。


「いえ、私共に被害はありません。ですが、この山道の先。東山とうやま川に架かる橋の手前に血の海・・・大量の骸が。」


「盗賊同士の抗争か、それとも、この辺に大型の獣が巣食ったか。何があったのかは知らんが、職人達に被害が無いと良いのだが。」


 菊之助きくのすけは何個か質問しながら詳しい事情を聞き出した。しかし、虫食いのように分からない点が多い。


 十吉とうきちの話では、大量の骸が山道を埋め尽くし、まさに地獄絵図のようだったと。戦場でもあれほど酷い場所はそうそう無いと。元兵士だと語った十吉とうきちは恐怖を感じて馬車を反転、逃げて来たそうだ。


 話を聞いた菊之助きくのすけが内容を精査する。


 十吉とうきちに待つように告げた菊之助きくのすけ勘宝かんほうの下へ近寄った。


「俺はあれが嘘を言ってはいないと思う。おそらくだが、本当に橋の先には行っていない。兵宝ひょうほう様の命令は被害の状況と原因の調査だったよな?」


「ああ。」


 勘宝かんほうが短い返答をする。菊之助が何を言いたいのか分かっていない様子。


「ならばこの情報を持ち帰る者と、この先の集落を調査する者、部隊を二つに割ってはどうだろうか?」


 勘宝かんほうが腕を組んで唸り声を上げた。眉間にシワが寄る程悩んでいる。だが、すぐに答えを出して菊之助きくのすけに告げた。


「この人数で戦力を分けるのは少々危険な気もするが、菊之助きくのすけの案を採用する。その上で、情報を持ち帰るのは菊之助きくのすけに任す。部下を二人選んで連れて行け。」


 菊之助きくのすけが首肯した。それを見た勘宝かんほうが話を先へ進める。


「俺と剛平ごうへいでこの先の調査に出向く。」


 勘宝かんほう剛平ごうへいならば、多少相手が多くても生き残る確率が高いと踏んでの判断だ。集落に被害が無ければ良し。仮に何かあったとしても、勘宝かんほうの判断で動く事ができる。そして、東山川が赤く染まった原因についても最低限の報告ができる。


 だけど菊之助きくのすけが受けた印象は少し違うようだ。


「大将と剛だと上手い報告できないだろうから、私が適任って訳だ。二人共語彙力が低いから仕方ない。」


 菊之助きくのすけはそう言ってクツクツと笑う。だが、すぐに勘宝かんほうに小突かれて笑うのをやめた。


 そんな二人のやり取りを黙って見ていた十吉とうきちだったが、何かを思い出したように声を上げた。


 何事かと菊之助きくのすけが近寄る。すると、十吉とうきちがポツリと呟いた。


「そう言えば、そう・・・死神と会いました。」


 菊之助きくのすけは言葉の意味を理解できなかった。



 夜の山道を歩く餓狼。外套の色も相まって闇に同化している。


 街から離れているので明かりになる物が無い。月明かりに期待しようにも降り注ぐ光量が弱い。星はよく見えるが、歩き難さが先にたつ。通り抜ける風が木々を揺らしているが虫の声は聞こえない。木々が擦れるサワサワとした音だけが耳に入ってくる。


 暦上では初春と呼ぶのにはまだ早い。


 餓狼が不意に立ち止まる。そして、空を見上げてため息をついた。


 幼い頃の自分は、将来こんな生活をしていることを想像していただろうか。戦で名声を上げる事を夢見ていたのではないか。


「・・・感傷が過ぎるか。俺らしくもない。過去は捨てた身じゃないか。」


 自虐的な笑みを浮かべた餓狼がろうが再び歩き出した。


 しばらく進むと、林の左右から複数の気配を感じた。少数ではない。明かりも灯さない彼等の動きは淀みがない。だが、気配までは消しきれていない。故に野性動物ではないことは分かる。


 これは人の・・・そう、山歩きに慣れた人の気配だ。気配が餓狼がろうの周囲に集まっていく。


 狙いは俺か。


 餓狼がろうが立ち止まる。すると、前後に男達が現れて道を塞いだ。身につけている物から察すると盗賊。暗くてよく見えないが、皆が赤い布を首に巻いている。それが仲間の印であるかのように。


 正面に立つ一際大きな男が餓狼が言った。


「お前か、俺の手下共を可愛がってくれたのは。」


「どうだかな。少なくともお前の手下と遊んだ記憶は無い。俺が可愛がるのは女だけにしている。臭い男を相手にしても気分が萎えるしな。見たところお前の手下は男ばかりじゃないか。俺にそっちの趣味は無い。男色の勧誘なら他をあたってくれ。」


 餓狼がろうが肩をすくめた。だが、こんな言葉で引き下がる者達ではない。


「そうか?俺の手下がお前の特徴的な外套を見たと言っている者がいてな。しらぁ切れると思ったら大きな間違いだぜ。」


 男の恫喝、その声には品性の欠片もない。


「お前達が俺の相手をするってことか?それは当然命の取り合いをしようって話だよな。」


 餓狼がろうが大太刀の柄に手をかけた。


 おそらく目の前にいる大男がこの盗賊達の首領。手下の落ち着き様を見ると、この首領の強さにを信頼しているようだ。確かに体格は目を見張るものがある。腕力だって相当なものだろう。


 盗賊の首領が長柄の斧を掲げる。すると、手下達が一斉に得物を抜いた。影になってよく見えないが、刀、槍、斧、各々が使用する武器が違う。


「殺せぇー。」


 首領が叫ぶ。大地を揺るがすほどの声量。それに反応した盗賊達が一斉に襲いかかってきた。隊列も何もない。これに作戦名をつけるのならであろう。


 これが戦術と言うなら、兵法家なんて存在しなくていい。


「馬鹿は何処まで行っても馬鹿か。それじゃ、返り討ちにしてやるよ。覚悟しろよ。」


 餓狼がろうは迫る盗賊達を前に慌てた様子もなく大太刀を抜く。闇と同化した漆黒の刀身が走った。

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