漆黒の刃
田子錬二
序章
大きな太刀が抜き放たれた。常人では持ち上げる事すらできない、そう思うほど大きな刀身。それは闇を固めたように漆黒。
その漆黒の大太刀に両断された者達が地面に伏している。
漆黒の大太刀を握るは大柄な男。次の標的を屠る為に構えをとった。担ぐように刀身を隠た構え。そこには微塵の隙も無い。
男の出で立ちも異彩を放っており、頭まで覆う黒い外套。そして、着物の裾からは具足。その装いはまるで死神。
対峙する兵から見た男はこの世の者ではない異形の何かに見えた。
彼者に対する数十名の男達は一様に手にした槍の穂先を標的に向けている。数的有利にもかかわらず男を討とうとする者は皆無。逆に男の放つ雰囲気に気圧されていた。
「えぇい、一斉にかからねぇか、敵は一人だぞ。囲んで殺れ。何をやってんだお前ら。」
叫んだ男は身に付けている物が違う。あきらかにこの男が長だ。怒号のように号令を飛ばしているが、兵達の足は止まったまま。皆は意思と無関係に体が前に進むのを拒んでいる。
漆黒の大太刀を構えてジリジリと間合いを詰める死神。迫り来る死の臭いを感じて後ずさる男達。前に出ろと喚く長の命令は誰の耳にも入っていなかった。
皆自分の命が惜しい。
漆黒の大太刀を構えた男が一足で飛び込んだ。兵が反応した時には漆黒が振り下ろされていた。剛剣一閃。両断された男達の血肉が爆散。砕けた甲冑が舞う。さらに返す横薙ぎの一刀が複数の男達を斬り飛ばした。
男の足運びは素早く、大太刀を振るう様はまるで演武をの如く。場所が場所なら見事だと歓声が上がるだろう。しかし、ここは舞台上ではなく観客もいない。
更に素早く、流れるような漆黒の斬撃が繰り返される。その度に血や甲冑、体の一部が撒き散らされる。辛うじて防いだ者もいるが、その者達は剣圧に耐えられずにすっ飛ばされてしまっい、斬られずとも伏して動かなくなった。
彼者を止められる者はここには居ない。
最前列の者の死に様を、弾ける血肉を見た兵士達からは大男に背を向ける者が出始めた。長の横を抜けて我先に逃げる。
「こら、逃げるな。俺達はこの先の集落を襲撃する予定だったじゃねぇか。えぇい逃げんじゃねぇ。命令だ、あいつを討て。」
長が叫ぶ。けれど、その命に従う者などいなかった。
「くそ。」
侍大将が悪態を吐き捨て、忌々しげに太刀を抜いた。
漆黒が目の前を通り過ぎた。それが斬撃だったと知ったのは馬の首が落ちてからだった。長の体が地面に叩きつけられる。落馬。それを悟ったのは痛みを感じた後。声が出ず悪態すらつけない。
地面が泥濘んでいる。目の前が赤黒い。手を着いた場所に血溜まりができていると分かった。おそらく手下の血。周辺は武器と甲冑、人の残骸で散らかっている。長は見捨てられたのだ。今まで散々目をかけてやったのに、長の頭の中は怒りで満ちた。
落馬して未だ起き上がれていない。背後に大きな影が覗いた。体を向けると、そこには漆黒の大太刀を担いだ彼者が立っていた。
「き、貴様何者だ。あの集落とどんな関係だ。」
男は長を見下ろしたまま何も答えない。
漆黒の大太刀がゆっくり振り上げられる。死の臭いが濃くなる。逃げようにも、気圧された体は金縛りにあったように動かない。
自分の命が刈り取られるのをただ待つだけの時間。
長は自分が受けた命など忘れ、惚れた女へ謝罪の言葉を心の中で唱えるしかできなかった。
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