衝動か本能か
第13話
13
酷く恥ずかしい思いをした。しかも一か月の間に二度も。
国堂から話された真実を聞いている途中で、何度か自分の思い違いと爆発していた妄想力に意識を失いそうになった。
国堂に「ソウ」と呼ばれていたあの黒とも青ともとれる色付き眼鏡のかけていた男。
俺が国堂の恋人であるとしていた男であるが、名前は国堂宗士というらしい。
お初にお目にかかった眼鏡の奥の顔。既視感しかなかった。横にいる男と似すぎた吊り上がる狐目なのだから。
左には縦に一本の赤黒い線が入っており、開眼しないことから古傷であることが想像出来た。何でそんな傷を作ってしまったか、なんて聞くことなど出来なかった。想像すらしたくない。身の毛がよだつ。
ヤクザの若頭の弟。そりゃ同じ組にいる訳だ。
危ない奴らと関わって怪我を負ったのだろう、というふんわりとした曖昧なこれも俺の莫大な妄想の一つであろうか。
「弟、しかもコイツに興味持たれるなんて、寒気するわ」
「俺だってお前に変な気持ちを持ちたくも、持たれたくもねぇよ」
目の前で再び行われる言い争い。その原因は間違いなく俺の勘違いのせいである。だから被害者振れない。
ヒヤリとしていた状況から一変、俺の顔は火照っていた。レジ台に両腕をつけ、崩れるようにしゃがみ込み、顔を埋める。世界など見たくないという衝動に駆られていた。
(兄弟、だから名前呼び……。関心ない目を向けるのも当然と言えば当然だ……)
共に育った仲だ。今更横にいようが、近くに顔があろうが、動じないのも頷ける。
(せめて、兄貴とか呼んでてくれたなら……!)
名前呼びとは何と予想外なことだ。無くもないが、兄のことを「兄さん」や「兄貴」などと称してくれていたなら、俺の盛大な勘違いをすることなく、こんな羞恥心に押し潰される思いをすることもなかった。
(……ん? いや、しかし)
「関わるな……って言うのは……?」
宗士の俺に牽制でもかけたあの言葉は、何だったのか。
「言っただろう。コレに弄ばれる被害者を増やすのは可哀想だ。……遊ばれる側の人間の気持ちはよく分かるからな」
宗士は淡々と理由を述べてから、何処か遠い目をしていた。彼の言う「遊ばれる」というのは、どういう意味か。実の兄弟であり、互いにそういう感情を持っていないと分かった今、また一つ謎が生まれる。
「人をおちょくるようなことばかりするんだ。餓鬼の頃から」
付け足すように宗士は遠くを見ていた目を俺の方へと戻して答える。続けて、過去にされた悪戯の例を挙げ始める。
「ひどぉいなぁ。澄華君にはそんなことせぇへんよ」
「俺にもするな」
ケラケラ笑い、悪餓鬼のようにして国堂はふざけて言う。それに反射的に冷たい言葉を返した宗士は、溜息を吐いて疲弊していた。
「組の奴にもしょうもない悪戯をするもんだから、まだ学生の君にも手を出すんじゃないかって心配で」
嫉妬に塗れて牽制した訳ではなく、ただただ心優しく俺の心配をしていただけらしい宗士に、俺は申し訳ない気持ちで一杯になる。勝手に恋愛事において、嫉妬深い面倒臭い男だと思ってしまっていたのだから。
(……そんなことしないって、しただろう……)
宗士に対して申し訳ない気持ちと、適当なことを言う国堂に苛立ちのツッコミを心のう内でぶつけた。人の気も知らずに楽しそうに弄ぶようなことをしたことに変わりない。
「んで、澄華君。きっしょい妄想話はやめといて、さっきの質問の答えは?」
「しつ、もん……?」
俺の頭の中には、恥ずかしさで埋め尽くされている。質問とは何の話だっただろうか。
「ええ? 聞いたやん。どっちの方が意識したって?」
「……」
そういえばそんなことを聞かれていたな。しかしこれには、どっちという俺の中で答えは明確には出ていないのだ。
(どちらも、同じくらい……なんて、答えたくもない)
威張りと見栄だ。わざわざ馬鹿正直にこんな恥ずかしいことを答えることが出来る人間でもない。
ずっと意識してました、などと言って溜まるものか。
俺は怪訝な目で国堂を見つめる。それに気付けば「ん?」と回答を欲している国堂の顔がある。
何かを言わなければ一生問い詰めてくるに違いないが、良い回答も見つからないから困ったものである。口をもごもごとさせていれば、助け船を出してくれる優男が彼の隣には立っていた。
「麗士。困らせるな、可哀想だろう。……ほら、迷惑だ。帰るぞ」
(……神様だろうか、この男は)
何かを察したように、宗士はそう言って国堂のワイシャツの襟元を手で掴む。それに「おっ」と少々驚いた顔を見せた国堂は、焦る様子は見せなかった。
「なんやねん、宗。俺はー、澄華君と話してんのぉ」
「その澄華君が困っているんだ。それにもう遅いし、長居し過ぎだ」
そのまま、宗士に首根っこを掴まれたままズルズルと引きづられ、自動ドアの前までと滑るようにして向かっていく。
二人がドアの前に立てば、勝手にドアは開きチャイムも鳴る。
「またなぁ、澄華君」
引きづられながらも、ブンブンと腕を振り、あの胡散臭い表情で声を張り上げて、また俺に「またな」と言って、外に連れ出されていった。
レジ台に残されたマルボロの箱。結局、国堂が買うことはなかった。
用事でたまたま近くに来ていて、煙草を買うために入ったコンビニで俺を見つけたから声をかけただけなのか、それとも狙って来たのかは、分からず仕舞いである。
しかし、煙草を買っていかずに置き残された事実だけはある。
元の位置に箱を戻し、二人が店から出て行けば、何だか頭が冷えていき、その変わりとでも言うように、顔が再熱する。
(っ、は、恥ずかしい……! 勘違い! しかも、あんな良い人を!)
煙草の陳列棚を前に、俺は項垂れた。
誰も店にいない時間帯で良かった。不幸中の幸いというやつだろうか。
なんて思っていれば、入店のチャイムが鳴る。ビクリとして振り向けば、同じ大学の人間らしき学生が三人ほど訪れただけであった。
(仕事、ああ、くっそ。まじで恥ずかしい)
色々な感情が入り混じりながら、俺はまた立ち上がり接客へと専念することにした。こういう所は真面目な性分である。
しかし、その夜から退勤までの朝方まで、ずっと顔は熱があった気もするし、脳内はずっと「恥」の一点張りであったため、酷く疲れた気持ちのまま家へと帰ることとなった。
☆☆☆
「はあぁぁあ」
「窪塚どうしたんだよ。最近溜息多くないか?」
あの後一度ベッドに入り、寝れば少しは忘れられるという淡い期待を胸に、目を瞑った。しかし、寝ることが出来ないまま、昼からの授業を受けるために重い足取りと、寝不足状態の視界のまま、大学へと訪れた。
授業を終えれば、俺の重々しい溜息に軽く引いた顔をさせた早瀬が俺の前の席にやってきた。
(本当に溜息しか吐いていない気がする)
「幸せが逃げるぞー」
特段気にする様子もなく、携帯を弄り始めた早瀬の格好を一目見てから目を瞑り、机に突っ伏した。
(してなかった時にも、幸せなことなんてなかった……)
そんな俺とは真逆で、早瀬はルンルンと陽気に携帯の画面をスワイプしたり、タップしたりする。
(早瀬に腹を立てても仕方がない……)
突っ伏していた顔の上半分だけを起こし、早瀬をジッと見ていれば視線に勘良く気付いたのか、見下ろすようにして俺を見る。
(そういえば……)
ふと考えたことだが、早瀬は人脈もかなりあり、交流の幅も広い男だ。
サークルという繋がりであろうが、進藤のような男とも少なからずの関わりがあるのは確かであった。
(……進藤と、国堂は顔見知りっぽかったよな。多分金の貸し借り……)
つまりはヤクザに借金という中々な危険な綱渡りをしていた訳だ。
(何か、癪だよな……)
気にするな、考えるな、としたところで、あの男のことを四六時中考えていることにすら腹が立ってくる。
振り回す国堂にも、手の上で転がされる自分自身にも。
一層振り切ってしまった方が、いいのではないかという思考に至る。
この時は、積もりに積もった疲弊のせいで判断力が欠如していたのかもしれない。
向こうはこちらの情報をそれなりに知っている。それに対して俺は、まるであの男、国堂麗士のことに関する情報がない。
そんなことで、弟を恋人だのと勘違いしてしまうということを仕出かした。
(知っていれば、思い悩むことも、変な想像を膨らませることもなかった……)
本人にも、国堂組のことについて知らないだろうと、少し前に言われたことを思い出した。どんなことをしているのか、何処に拠点があるのか。
「……なぁ。早瀬」
「ぁん?」
早瀬の名前を呼び、俺は身体を起こす。目線が同じ高さになれば携帯の画面を暗くしてから、頬杖をついて早瀬はこちらを見た。
「お前さ、国堂組って、聞いたことある?」
「組? 何、危ない組織?」
考えは外れただろうか。進藤と軽く交流をしているこいつであれば何か知っていると思ったんだが……。
よくよく思い出せば、お姉さんたちの店に来た国堂と宗士の姿を見ても早瀬が何も言っていなかった。
「珍しいね。窪塚はそういうのに関わらないタイプだと思ってた」
(俺だって、関わりたくはなかったよ)
内心主張したが、早瀬にとっては何が何やらである。口に出しても意味はない。
「いや、えーーっと、知り合いが、話しているのを聞いて……」
国堂と知り合いであることは、隠すべきことなのかも分からないが、その場凌ぎのデタラメでそれらしい内容を話す。
「知り合いねぇ」と能天気な声で早瀬は呟く。
「お前、結構そういう先輩たちとも仲良かったから何か知らないかな、って」
「仲……、まぁ、一緒に酒飲んでたくらいだけどな。そういうサークルだし」
(と言っても、俺も進藤以外に早瀬と仲の良いそういった先輩の顔は誰一人として浮かんでいないんだけど)
俺の悪いところだろうか。他人にあまり興味を示さない。人脈以前に知ろうとすら思わないのだ。
顎に指を添わせ、「うーん」と悩むポーズを見せながら早瀬を記憶を巡らせているようであった。
数秒すれば、「あっ」と閃いた目を見せた。
「飲んでた時に先輩が話してたかも。国堂が何とかって」
「どういう組とか、どこに建物構えてるとか話してなかったか?」
これは、と思い、俺は早瀬に詰め寄る。早瀬はそんな俺から、引いたような顔をして磁石のように距離を取った。普段の俺がしない行動をしたから驚いたのだろう。
「えー……、あんまり詳しくは知らないけど…………」
ポツリ、ポツリ、と噂程度でしか知らないという情報を早瀬は、喋り始めた。
(……黙ってばかりで、遊ばれるのはもう御免だ)
逆に何かしてやろうという気が俺の中でふつり、と沸き上がったのである。
これは他人に対しての興味関心なのか、単なる好奇心なのか。
どんな理由にしても珍しく俺が自分から情報を得ようとした人物がアレなのだ。
癇に障るが、それが事実なのだから認めざるを得ない。
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