第6話
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(……変人、というか何を考えているのかが読めなさ過ぎる……!)
わざわざ一時間も、しかも車で来るなんて頭がどうかしていると思った。
(……ん?)
しかし同時に違う疑問が脳内に居座る。
「……で、でも……いつも、車なんて……」
「おっ、よぅ気付いたなぁ。車は少し遠くに停めて、そっから歩いてきてたんよ」
「……な、なん、で……」
それを聞いて「なるほど」とはならない。
余計意味が分からない。車なんて駐車場に停めれば良いものを。
考えていれば、俺の方に黒い影が寄ったことに気付くのが遅れた。
俺は色々と疎い部分がある。
早瀬のように金額を高い物を身に付けることもないし、見ただけでそれが何処のブランドとか分かる物もほとんどない。
だから、今俺の鼻を掠めた香水の香りが男物なのか、女物なのかも、俺の知識では分かり得ないことである。
「なぁんでやと思う?」
「っちょ! ち、ちかっ……!」
ねっとりと憎たらしいような言い方で質問返しをしてきた。
腰を浮かせて、こちらへと意味ありげに身体を寄せた国堂に、反射的に身体が逃げた。
手のひらに顔を置いたまま、斜めに首を傾げながら、俺に聞いてくる。
香水の匂いは間違えなく、国堂から放たれるものである。俺は香水なんて持ってすらいない。
本能的に危険を察知した俺は、国堂から遠ざかるようにして身体をジリジリと後ろへと動かす。しかし所詮ソファーの上で取れる間合いなど決まっている。
「ヒント、教えたろか?」
(ど、どうでも良いから近寄ってくるな……!)
くすり、と不敵で妖艶さ持つ笑みを浮かべて、そう尋ねてきた国堂は、俺の返事を待たずに続けた。
「さっき見た運転手。黒いスーツの奴な。あれ、俺の専属運転手。……ガラ、悪かったやろ?」
思い起こせば、黒い車の運転席から出てきた黒スーツの男。
スキンヘッドに、サングラス。暗くて確かではなかったが────
頭部に何やら、黒い生き物の絵のような、文字のようなものが描かれていた気がする。
それをしっかりと確認出来る余裕はあの時の俺にはなかった。
しかし、普段のバイトをしているだけであるならば、きっと目がいくものだ。
────あれが刺青だとするならば。
俺は一つ息を飲む。
「……あれ、見たら俺がどんな奴か、分かってまうやろ?」
そんなガラの悪い男を運転席に座らせて、悠々と後部座席から出てくる奴がただの会社員などと、思える訳がない。
「……知られ、たくなかった……ってこと、すか」
「怖がられるの、嫌やからねぇ」
結果的に俺はそれを知ってしまった訳だが。
「……別に、行きつけのコンビニの店員に知られたからって……」
それを聞いても、なお分からないことだらけである。
まず何で車で来なければいけないようなコンビニに訪れるのか。
どうして俺にヤクザということを知られてはいけないのか。
俺に怖がられて、この男に何か不利益など生じることもないだろう。
「あらら、察しが悪いんやなぁ……、こういうことに関しては」
「は──────っ!!」
何か馬鹿にされたような気がした。
苛立ちが芽生え、「どういうことすか」と少し荒い声を出そうとした。
その瞬間、視界が一気に変わった。俺は何一つ動いていないはずなのに。
中古屋で買ったソファーだったからか、稀に軋む音がする。別に壊れそうでもないので気にすることもなかった。
ギギッとソファーの片足部分が苦しそうな音をあげる。
鳴ったのは俺が座っていた側の方。
負荷がかなりかかったのだろう。
国堂に寄られれば、縮こまったようにして横にある肘掛部分まで追い詰められた。
俺の背後にある背もたれを国堂の片手が掴む。俺を国堂の上半身の影が覆う。
「っな、なんすか……っ」
「どうして、わざわざ遠くのコンビニまで深夜遅くに行くと思う? 何で澄華君に怖がられた無いって考えると思う?……ただの何も思っとらん店員相手には、そぉは考えへんよなぁ、普通」
詰め寄ってきた国堂は俺に問い掛けてくる。
(それは……、俺が聞くことだろ……!)
何でわざわざ遠くまで足を運ぶ? ヤクザと知られ怖がられたくないと思う? 何とも思ってない店員に────……
「……ぅ、ぇ……?」
「……何となく、察した顔やなぁ」
そうは考えたくない。考えられる訳がない。
だが、この男はかなり前から、そんな妙な行動をしていたと思い当たる節がない訳では無い。
紙に書かれた電話番号。
俺自身も早瀬も、そんなことする相手は『何かしら気のある相手』だと話していた。
しかし、俺は男だ。そしてこの目の前の奴も……
「俺な、男女差別って嫌いやねん」
ニコリと笑えば、唐突にそんなことを言い出す。それは俺の心を見透かしているようだった。
「っそ、れは……、どういう意味……すか……」
「……んー? 面倒やしハッキリ言うわ。……恋愛対象は誰でもええ言う話」
何だか語尾にハートがついたように聞こえた。
「……おれ、のこと……、好き……って……」
何だか自分で言っていて嫌になる。
国堂が男女どちらもイける人間だとして。
(どうして、俺なんかを選ぶ……?)
見た目からして、国堂麗士という男はモテるに違いない。それは少なからず男からも。
イケメンと言えばイケメン。美人と言えば美人。きっと相手で困るような男では無い。
「なんで、俺……」
「あんま深く考えんでええよ。……好き、よりも、興味ある言う方が正しいかもなぁ」
(興味も持たれるような人間でも無いと思うが……)
俺は上にある国堂の顔を見上げながら、眉間に皺を寄せて考えを巡らせた。自分は他人に興味を持たれる点などあるのか、と。
顔は普通だ、恐らく。この男には到底及ばない。
身長はそこそこあると思う。この男には及ばない。
人との関わりを持つのは苦手で、社交性はないに等しい。
接客業だから相手はするが、そんな何か気に入られるような行動を取っただろうか。……煙草を覚えたくらいだ。
それだけで人は人に興味を持つものか。
深く考えるなと言われても、深く考えてしまうタイプの性分なのだ。
そんな事をしていれば、見上げていた顔にある薄い唇は、弧を描いていた。
「……最初はあの辺にちょーっと仕事で行く機会が多かってん。だから、何となく寄っとっただけ。……言うのもあれやけど、それなりに他人に意識させてまうこと多い人間やねん、俺」
ニッコリと常に唇は上げたまま、コンビニに通い始めた経緯なんかを語り始めた国堂。
自身でも人に好かれやすいことは自覚している様子であった。
(まぁ、そんな容姿をお持ちであれば……)
「前に何回か行った店とかやったら、男女関係なく声掛けられることもあったし、見られてるなって思うことも結構あったから、行く日行く日店員が同じで、またかなーなんて思ってたんやけど……」
そう続ければ一度言葉を止めて「ふふっ」と思い出し笑いをしたようだった。
「……なんすか」
「いやぁ、だって澄華君。ぜーんぜん俺にそんな目ぇ向けんし、何も話してこんし。……時々見られてるなぁ思うたら、無感情な死んだ魚みたいな目ぇやし」
(思い当たるのは……、この男がブラック企業に勤めてる会社員かどうかなんていう想像を働かせていたことくらいだな……、多分その時だ)
意識して見ていた訳ではない。暇潰し程度に客のプライベートを想像していた。そうしている内勝手に視界に入れていたのだと思う。無意識だ。
「途中からオモロくて、逆に何も興味持たれてないんやなって笑えた。でも、なーんか隠してそうな目ぇしてて」
(……? 別に何も隠してはいないけど……)
「…………んで、俺の癖が出たいうとこかなぁ……」
「癖……?」
前者よりも後者の疑問が気になり、聞き返すと、国堂は麗しい顔で笑みを作り、それに少し不穏さを感じた。そして一つ「うん」と答えたかと思えば
「興味持たれてないとか、無関心になられると、気ぃ引きたなるタイプやねん」
俺はその言葉にパチパチと数回瞬きを繰り返す。
国堂の言葉の意味を解釈する。
俺がタイプというよりも、ただただこの男は自分に無関心な人間がタイプなのだと言うのだ。
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