第1話 怪人アプリ拾いました!

 目覚まし時計の針が6時を指し、ベルが鳴る。

 とろんとした表情で目覚めた少女は体を起こし、ベルを止めた後、思い切り両腕を高くつき上げ、身体を伸ばして大きな欠伸あくびをしながら全身に血をめぐらせる。


 荒くなった呼吸を落ち着かせているこの少女の名は美津姫みつひめうらら。

 不登校で引きこもりがちな中学一年生の女の子。

 では、なぜ早起きをしているのかと言うと、自己顕示欲の強い彼女は美容と健康の為に毎朝トレーニングに欠かさず行っているからである。


 軽くストレッチをして、お気に入りのジャージに着替えた後、母親がいつも買って来てくれているバナナとレンジで温めたオートミールのミルクがゆにドライフルーツを少量のせて朝食をとる。


 食後は外に出て徒歩20分程の所にあるアスレチック公園まで歩いて行き、公園に辿り着いてから運動を始める。

 アスレチックを利用して自重トレーニングを行ったり、踏み台昇降、ランニングなどをその日の気分で行う。


 最低でも2時間は運動して帰るのだが、走っている途中にキラリと光る物を見つけ、駆け寄って確かめると誰かのスマホが落ちていた。


 近くに人の気配はない。


 うららは「落とし物かな?」と呟き、そのスマホを手に取ってみると、パスワードなどは掛かっていなかったので、好奇心旺盛なうららはスマホをいじってみる事にする。


 しかしどうやら、このスマホはうららの知っているものとは違っていて、写真は取れるようだが通話などの機能は無く、ただ一つ【怪人】と書かれたアイコンが画面の中に映し出されていた。


 興味本位でそのアイコンを右手の中指を使いタップしてみると、アプリケーションが起動する。

 起動したアプリには長々と説明書きがされていて、最初から最後まで読み終えたうららは口元を抑えながら「フフフフッ」と小さく声をあげて笑ってしまう。


 「怪人アプリ? 怪人を作る? しかも無制限に? そんな事出来るわけないじゃあん! おっかしぃ」


 そう言いつつも、うららは興味津々で、一応このアプリに記載されている手順に従い、怪人を生み出してみようと試してみる事にした。


 現在のレベルは1。

 複雑な制限などは無いが、レベルを上げると使える能力が増えていき、秘密基地を作ったり量産型の構成員を作ったりもできる。

 

 「レベル1? うららが初めて? それともリセットされたの?」


 うららは考える。

 レベル1と言う事は、このアプリは未使用かリセットされたかのどちらかである。

 このアプリ以外の機能はないので、所有者が居たと仮定するとアプリを触ってないとは考えられない。


 では、なぜここに落ちていたのか?

 一番可能性が高い答えは “いたずら” であるのだが、仮にこのアプリが本物だとすると、考えられるのは二つ。

 彼女が選ばれたのか、誰でも良かったのかのどちらかである。


 どちらの場合でも、怪人を無制限に作れるのだから、それだけで世界を滅ぼせるだけのポテンシャルがある事は考えるまでも無い。


 重要なのはこれを作った人物の目的。

 馬鹿でないと仮定すると、その人物にとっては世界が滅亡しようと構わない。

 なら目的は単純で、これを拾った人物の観察である。

 そしてもう一つ。

 これを作った人物はこのアプリよりも強力な力を持っている可能性が高い。

 つまり、自分と同類の人間を求めている。

 うららは最終的にそう結論付けた。


 「うらら考えすぎぃ。 どうせ悪戯だよこんなの」


 うららは楽し気に辺りをキョロキョロと見渡し、近くにいた蟻の行列に目を着ける。


 【怪人アプリ】の、レベル1から使える能力は一つ。

 (手順①) このスマホの様な端末を使い、撮影する要領で対象にした生物を取り込み保存する。

 ただし、人間は取り込む事は出来ない。

 (手順②) 端末内に保存された生物を怪人として生み出す事が出来る。


 怪人は2つのタイプから選べるようになっており、一つは【人型怪人】人間の見た目をした構成員を作る事が出来る。

 もう一つは【怪人】人間とは違う見た目の構成員を作る事が出来る。


 どちらの場合でも能力や性格、性別などは取り込んだ対象に依存して、アプリでこの能力を使った人物に絶対服従であると記載されている。


 【人型怪人】と【怪人】の違いについては、見た目だけではなく、能力にも違いがあり、基本的には【怪人】の方が高い能力を持っている。

 

 うららは、しゃがみこみ、足元にいる蟻に向かって「ハイ、チーズ!」と言って撮影する要領で2匹の蟻を取り込んだ。


 「本当に取り込めちゃった! キャハ! ねえ、製作者さん見てるぅー? これ、上限つけなくていいのぉ? ウフフフッ」


 うららはまだ蟻を怪人にはせず、とある場所へと向かい始めた。

 向かったのは近くにある標高650メートル程の山である。


 人気ひとけの無い山道を登っていくと、地元では有名な心霊スポットの洋館があり、夜中でもなければここに人が来る事は無い。

 うららは洋館の中へと入り、ギイイイっと音を立てる階段を昇って、埃だらけの寝具のある部屋の中で捕まえた2匹の蟻を【人型怪人】として生み出した。


 生み出された怪人の姿を見て、うららは内心驚愕きょうがくしているのだが、それを表には出さずに、目の前に現れた二人に声を掛ける。


 「結構見た目が違うのね! 二人共私の前にひざまずきなさい」


 うららの声に反応し、二人の怪人がひざまずく。

 

 二人とも黒いスーツを着た女性で、一人は後ろ髪を綺麗に束ね、真面目そうな雰囲気をしている。

 もう一人はサイドアップテールで、黒髪よりやや明るい髪色をしており、前者よりも垢抜けた雰囲気があった。

 どちらも年齢で言うと10代後半くらいに見える。


 ひざまずいた二人は同時に顔を上げ、うららに向けて挨拶を始める。


 「我等が首領美津姫みつひめうらら様」

 「私達を産んで頂き、感謝申し上げます」

 「ふぅーん。 うららの事知ってるんだ?」


 うららは考える。

 この二人に名乗った覚えなく、アプリで名前を登録をしたりなどもしていない。

 やったのは簡単なアプリの操作だけである。

 つまり、このアプリを美津姫みつひめうららに使わせるのが目的でもなければ、この二人が名前を口にする事はおかしい。

 そして、もう一つの可能性。

 それは、このアプリを使う事で美津姫みつひめうららのあらゆる情報が取り込まれたと言う事。

 美津姫みつひめうららはその事を踏まえつつ、彼女達に再び話しかけた。


 「同じ行列の蟻だったから二人は姉妹になるのかなぁ? いくつか質問していーい?」


 うららはあざとらしく、可愛らしい仕草をして尋ねてみると、二人共ニコリとほほ笑み、サイドアップテールの怪人は胸の前で手を結んで、喜んでいるような表情さえ見せた。


 「はい、私達は従順なしもべ

 「何なりと、お申し付けください」

 

 うららはあざとらしい仕草を続けながら二人に質問を投げかける。


 「じゃあ、この端末の持ち主についての情報を知っている限り教えて。 それと、製作者の情報も!」


 「持ち主は美津姫みつひめうらら様でございます。 それ以外の情報ですと、12歳の女子中学生である事くらいでしょうか」

 「製作者に関しては何の情報もありません」


 概ねうららの予想した通りの答えが返って来たので特に問題はない。

 うららは気にせずに話を続ける。


 「そうなんだ、ありがと! それじゃあ、とりあえず…… あっこれ試してみよっと!」


 怪人を作った後に使える様になった能力が一つある。

 それは、生み出した怪人に思念を送り、一方的にメッセージを届ける事が出来ると言うもの。

 怪人から返事をする事は出来ないので、連絡手段としては微妙な能力だが、使い方しだいである。


 うららは思念を送り、一人には右手を上げる様に指示を出し、もう一人には左手をあげる様にと指示を出した。

 すると、二人はその通りの動きを見せる。


 「ちょっとだけ便利かなぁ? 手を下ろしていいよ。 それじゃあ質問の続き! うららを殺せと命令したら二人はどんな行動を取るの?」

 「その通りの行動を取ります」

 「私も…… です」


 「へぇー。 そーなんだぁ。 命令は絶対ってわけね! それじゃあ、命令すれば感情も変化するの? 例えば、本心からうららの事を好きになれとか嫌いになれとか」

 「ご命令とあらばその様に振る舞います」

 「好きになれと言われれば好きになる努力をします。 その逆も然りです」


 命令には忠実だが、出来ない事などは努力する方向で考えるのだとうららは理解する。


 「ふーん。 それじゃあ、二人に命令するね。 うららの事を好きになって!」

 「「仰せのままに!」」


 うららは二人の返事を聞き、満面の笑みをこぼすと、目の前にひざまずく二人も明るい笑みを返した。

 

 「嬉しいな! うららの事好きになってくれるんだ! 二人共美人なお姉さんだしうららうれしい! それじゃあ次はアプリにも書いてある通り、二人に名前をつけてあげる! 二人は姉妹だし苗字は黒井。 名前はお姉さんが亜里ありで、サイドアップテールのお姉さんが庵途あんと!」


 二人に名前を付けるとアプリが起動し、なんと手元に二人の運転免許証が出てきた。

 使えるのかどうか怪しいのだが、とりあえずその身分証をうららは二人に渡した。


 うららは二人に運転免許証を知っているのかと問いかけると、二人共知っている様子であったのだが、車の運転はした事がないので自信はないとの事だった。

 

 「ふんっふんっ、なるほどねー。 それじゃあ、お姉さん達の能力が知りたいし、二人でちょっと戦って見せてよ! 軽くて手合わせするみたいな感じ!」

 「「仰せのままに」」


 二人は立ち上がり、互いの距離を少し空けて身構える。


 怪人の能力は人型怪人であっても一般人よりも優れた能力を持っている。

 そして、アプリには怪人の特性と特殊能力などの記載があった。

 二人共【力持ち】【蟻酸】【針持ち】【働き者】の能力があるらしい。

 ちなみにだが、怪人に繁殖力は無い。

 

 「それじゃあ、開始の合図を出すからよく聞いてね! よーい、はじめー!」


 うららは開始の合図と共に、庵途あんとにだけ思念を送った。

 その内容は “うららに良い所みせて” である。

 すると、一瞬庵途あんとの動きが固まったが、何事もなく二人は戦い始める。


 怪人同士の戦いは凄まじく、加減して殴り合っているにも関わらず、攻撃が当たれば即死するかもしれないと言う程の迫力がある。

 実際には防御力も高いので、そんな事はないはずなのだが、うららはその戦いを見ているだけで顔が青ざめていく様な気分に陥った。


 そして、軽く打ち合っているだけのはずであったが、急に庵途あんとがギアをあげて攻撃し、亜里ありを圧倒し始める。

 しかも、直前に指の先から蟻酸を飛ばし、目つぶし攻撃まで行っていたので、亜里ありは急に責め立ててくる庵途あんとに対して何も出来ず、圧倒言う間に拘束され、地面に伏す事になってしまった。


 「勝負あり! すごいね、庵途あんとの方が強いんだぁー! 二人共格好良かったよ!」

 「お褒めに預かり光栄です」

 「ちょっと! ……あっいえ。 何も、ありません……」


 亜里あり庵途あんとに対して何か言いたげだったが首領であるうららの前でそれを口に出す事はなかった。

 

 「それじゃあ次! 二人にはもう一度戦って貰うんだけど、さっきと違って二人は仲間同士として戦って貰うの! 二人には諜報活動なんかもやって貰うかもしれないし、演技力って大切だから、敵対しつつも互いに必要以上のダメ―ジを負わない様にして、その上でちゃんと敵対してる様に見せるの。 出来るぅ?」

 「問題ありません」

 「勿論出来ます」


 また二人は距離を取って対峙する。

 うららが戦いの合図を送ると二人は指示通り、互いに敵対している関係を演出しながら、怪我を負わないような高度な戦いを繰り広げた。

 そして、うららはまた二人に思念を送る。


 亜里ありには “油断している隙を突いて庵途あんとを殺せ” 

 庵途あんとには “殺意があるなら殺して構わないけどぉ、殺し合いにはならないってうららは信じてるからぁ、庵途あんとは防御に徹して!” と命じた。


 命じられた瞬間、亜里ありは思わずうららの方を見る。

 それに対して、庵途あんとは反応を見せず、命じられたままガードを固めた。


 しばらくの間、亜里ありが一方的に庵途あんとを攻撃し続けているのだが、隙が見当たらない。

 うららは続けて亜里ありに “どうしたの? さっさと殺しちゃえ!” と思念を送り続ける。


 そして、とうとう亜里ありは実行に移り、拳から針を伸ばし、庵途あんとに対して殺す気の攻撃を仕掛け始めた。

 庵途あんとは守りを固めていたお陰で、致命傷は追わずに済んでいる。

 だが、殺意を向けられた事に対して少し苛立った顔を見せた。


 亜里あり執拗しつよう庵途あんとを攻め立てるので、とうとう庵途あんとも怒りをあらわにして、反撃に移ろうとする。

 

 しかしうららは “反撃する事を許可しない” と思念を送り、続けて “亜里ありを信じてあげて、きっと亜里ありは攻撃を止めてくれるはず。 だから、動きを止めて攻撃を受け止めてみて” と命じた。


 殺意を向けられている庵途あんとの表情が強張こわばる。

 だが、うららの命令に刃向かう事が出来ず、真面に亜里ありの攻撃を受けてしまい右肩から胸の辺りまで深い傷を負ってしまった。


 急にノーガードになった庵途あんとに驚き、亜里ありは攻撃の手を止めてしまう。

 そして、うららの方を見つめ、何か言おうとして、その言葉を飲み込んだ。


 「キャハッ! ねえ、亜里あり。 手を止めろとは命じてないよ?」

 「も…… 申し訳ございません」


 亜里ありはそう言った後、地面にうずくま庵途あんとを見下ろすのだが、明らかに攻撃するのを躊躇ためらっている。

 どういった心境なのかは一目瞭然なのだが、やはり命令は絶対なようで、止めの拳を振り上げた。


 「ハイ! ストップー! ごめんね、もういいよ。 少し意地悪しちゃった。 亜里ありはこの家の中を調べて、傷の手当てに使えそうな物を持ってきて庵途あんとの手当をしてあげて。 それからぁ、二人には別々の意地悪な命令を出してたから、お互いの事は気にしなくて良いよ」

 「そうですか…… どうしてその様な事を命じられたのか聞いても宜しいでしょうか?」


 「やっぱり気になるぅ? それじゃあ教えてあげるね! 意地悪したのは二人の為。 だってどのくらい命令に忠実なのか試さないと分からないでしょ?」

 「教えて頂きありがとうございます」


 亜里ありは複雑そうな表情を浮かべていたが、それだけで何か言い寄るような事はなかった。

 庵途あんとは満身創痍でそれどころではない。


 「うん! 初めての怪人が二人で本当に良かったってうららは思ってるよ! うららの為に生まれて来てくれてありがとう!」


 あざとらしい仕草でうららは言う。

 しかし、ほんの少し前の時とは違い、二人の反応は薄い。


 「はい。 今後もうらら様の為に身を粉にして仕えさせて頂きます」


 亜里ありはそう告げた後「それでは治療に使えそうな物を探して参ります」と言って家の中を探索し、布などを持って来て庵途あんとの手当てを始めた。


 傷の手当が終わった事を確認して、うららは新たな命令を二人に下す。


 「うらら沢山お金が欲しい! 二人共可能な限り沢山稼いで来て。 今から!」

 「わかりました。 ですが、庵途あんとはこの状態ですので、しばらくは安静にしておいた方がよろしいかと」


 表情には出さないが、亜里ありの言葉には少し苛立ちが混じっていた。

 しかし、うららは臆する事なく二人に向けて口を開く。


 「大丈夫! だって怪人でしょ? 少しくらい平気平気! ねえ庵途あんと、うららの為にお金稼いで来てくれるよね?」

 「はい、ご命令と…… あらば」


 うららの命令を聞き、庵途あんとは立ち上がって見せる。

 満身創痍ではあるものの、庵途あんと本人はやる気がある様子だった。


 「はい、それじゃあ今からヨーイスタートね! 一週間後にまた様子を見に来るからね! それと、稼いだお金で自分達の食事なんかはまかなっていいよ。 あとはー…… 犯罪と水商売は禁止。 日雇い労働とかして頑張って来て!」

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