プロデューサー、アイドルの睡眠管理をしていたら布団にされた

松柏

第1話

 睡眠は重要である。


 そう聞くと、人々は「そんなこと知っている」といった反応を示す。しかし、現代人の睡眠時間は非常に短いのだ。こと日本人の睡眠は短く、世界トップレベルの睡眠不足である。


「──だから、睡眠時間を削ってでも練習しないと、トップを目指せないのよっ!」


「誰も練習時間を削れなんて言ってねえだろうがっ! むしろ、睡眠時間を削れるようにいい布団作ってやるから二時間だけ寄越せっつってんだよ!」




 ◇◆◇




「布団なんて寝れればどうだっていいでしょ?」


 睡眠の重要性を理解していないバカがほざいた。


「ふん、やっすいせんべい布団でしか寝たことのないポンコツアイドルがなにほざいてやがる? 一度いい布団を使えばお前は二度と元のせんべい布団には戻れねえさ」


「誰に向かってポンコツアイドルだなんて言ってるのよっ! 眠誠司ねむりせいじなんて変な名前してるくせに!」


 ぷんすかと怒るこのアイドルは弥生一華やよいいちか。大手アイドルグループの期待の新星だ。


「睡眠をないがしろにするやつは俺が許さん、さっさとオーダーメイドの布団作りに行くぞ。あと人の苗字を変とか言うな、名誉棄損で訴えるぞ」


 眠という苗字を誠司は割と気に入っていた。


「担当のアイドルが犯罪者になってもいいなら訴えてみたらいいんじゃない?」


「んじゃ、担当辞めてから訴えるわ。じゃあな」


 別に誠司は担当したくて一華を担当しているわけではない。社長の意向で渋々一華のプロデューサーを務めているだけなのだ。


「ちょ、それは駄目っ! もっと担当のアイドルのことを大切にしなさいよっ!」


 全くもってやかましい奴だ。


「そこまで言うなら大事にしてやるよ。オーダーメイドの布団作ってやる」


「結局そっちにもっていくんじゃない……。誰も布団作ってなんて頼んでないわよ……」


 ぶつくさと文句を言い続ける一華を引き連れて、予約していた布団の専門店に向かう。


 一華はさんざん布団を軽んじた発言をしているが、そのじつ一華に最も必要なのは睡眠なのだ。ダンス練習やボイトレ、テレビ出演など過密なスケジュールを過ごす一華の睡眠時間はあまりに短い。このままでは過労死か引退は免れない。


 睡眠が必要。しかし、時間はない。そんな中で誠司が見つけた一筋の活路が”睡眠の質の向上”だ。


 良い布団で高い質の睡眠をとることこそが、一華の生命線だ。


「先輩、たのんます」


「おけおけ」


 一華を引き連れてやってきたのは、誠司の前の職場だ。


 女性の先輩と共に、ヒアリングや測定を重ねて布団をカスタマイズしていく。


 大きさ、中綿、色、素材など、細かく決定していく。経費なので、金額には気を遣わない。法外な値段でなければ社長に怒られることもないだろう。




 ◇◆◇




 色々な素材やサイズを試すこと二時間。ようやくカスタマイズが終了した。


「つ、疲れた……。なんで折角できた時間にこんなことしなきゃいけないのよ……」


 事務所に戻るタクシーの車内で、一華は溜息を零しつつそんなことを言った。


「ふん、そんなこと言ってられるのも明日までだぞ。明日届いた布団で寝たら、その後はもう二度とその布団無しでは寝られなくなるぞ」


 誠司は前職が寝具メーカーだったこともあり、寝具にはかなりのこだわりがある。そして、良い布団を使った人がもうその布団を手放せなくなることも知っていた。


「……おい、聞いてんのか……って寝ちまったのかよ。うおっ……」


 ──ぽすっ。


 一華はぐらりと傾いたかと思うと、誠司の肩に寄り掛かってきた。


「ほんと、昔から変わんないな……」


 高校までは家が隣だったこともあり、よく一緒に登校したりしていた。大学進学を機に話すことも無くなってしまったが、ヘッドハンティングを受けて転職したアイドル事務所で一華と会った時には衝撃を覚えた。まして一華を担当するプロデューサーになると聞いた時は、本当に目が飛び出すかと思ったほどだった。


 昔から言い合いすることは多かったが、アイドルとプロデューサーとなればビジネスライクな関係性になるものだと思っていた。しかし、一華との関係は昔とさほど変わらず、仕事の話が増えたくらいだった。


「ぐーすか寝やがって……。おい、起きろ!」


 昼間変な時間に寝ると夜中の睡眠が浅くなる。昼寝はするにしても十五分以内にすべきなのだ。


「…………へっ⁉ 私、寝てたの⁉ ……最近、全然眠れなかったのに……」


「もう事務所着いたし、午後からスケジュール詰まってるんだからしっかりしてくれよ?」


「わかってるわよっ!」


 寝起きからやかましい奴だ。




 ◇◆◇




『あんたねぇ、プロデューサーなら電話くらいすぐ出なさいよ!』


「うるせぇ……何時だと思ってんだ……。俺の睡眠邪魔しやがって……これでつまらん用事ならしばきまわすぞ……」


 時計の短針が右を指す頃、一華から電話がかかってきた。


『ちょっとうちまで来て』


「明日迎えに行くって……」


『今すぐ!』


「はぁ……?」


 一方的に通話を切られてしまった。


「……しゃあねぇ、とりあえず行くか……。なんか様子変だったし……」


 夜分にアイドルの家に行くのは外聞的に良くないが、セキュリティのしっかりしたマンションである上に廊下は外から見えないのでさほど心配する必要はないだろう。


 配車アプリでタクシーを呼び、一華の家に向かう。二十分ほどで一華の部屋の前まで辿り着いた。


「入んなさいよ……」


「へいへい……って、ちょっ!」


 一華にぐいぐいと袖口を引かれ、寝室まで連れていかれる。


 そして──ベッドに押し倒された。


「ちょ、お前いい加減にしろよ」


 意図せず声音に怒気が乗る。すると、一華はおもむろに口を開いた。


「…………あんたと一緒に居ると良く寝られるからだし……。別に他意とかないし……」


「はぁ……?」


「……最近全く眠れてなくて、隈とかも必死にコンシーラーで隠してた……。でも、あんたに肩借りて寝たら久しぶりに寝れた……」


 そこまで言って、一華は誠司の胸に飛び込んだ。上に乗られて腕を軽く押さえられ、身じろぎできない。


「いくら寝れないからって、お前──」


「黙って……今日だけ、お願い」




 ◇◆◇




「プロデューサーさん、一華に何か言ったんですか? なんか上手なやり方あるなら教えてくださいよ」


「え、特には……」


 一華のダンス練習終わり、ダンストレーナーが誠司に言った。


 確かに今日の一華はキレッキレのダンスを披露していた。もとよりダンスの腕はピカイチだったが、今日は筆舌に尽くしがたい程に素晴らしいダンスだった。


「彼女なら目指せるかもしれませんね、天下無双の最強のアイドル……」


「まあ、頑張り次第じゃないですかね……」


「プロデューサーの頑張りも必要でしょ?」


 タオルで汗をぬぐいながら、Tシャツ姿の一華が誠司に近づき小声で言う。


「今夜もいいでしょ?」



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