乗り換え
ベンチャー企業「インフィニティ・ライフ」は、脳の記憶を電子頭脳に移し替える、いわゆる電脳技術の先駆けであった。
彼らはこの独自技術で、やがて朽ち果てる肉体から、油と電気で動くロボットの身体へと、身体を「乗り換え」するサービスを開始した。不老不死になりたい金持ちの家族を中心に、この事業は大きな成功を収めた。
今日もインフィニティ・ライフに若手政治家が訪れた。若手と言っても、政治家だからもう50歳近くだ。
「そろそろ子供も育ってきたしね」
と、元アナウンサーの若い夫人と、中学生ぐらいの息子たちを連れた彼は、もの珍しそうにクリニック内を見まわしながら言った。インフィニティ・ライフの従業員はみな、顔は人間に見えるが、よく見るとロボットだ。既に自社の技術で「乗り換え」済みなのである。
「先生、確認させていただきます。エクストリーム・プランで、本人と見分けがつかないぐらい精巧にできたボディーを用意しております」
と、施術者の医者が言った。
「『ぐらい』じゃ困るよ。見分けがつかない、ぐらいじゃないと」
「もちろんです。失礼しました」
彼は医者に頭を下げさせると、政治家らしくエハハハと笑った。子供一人育てるぐらいの高額な施術だが、政治家にはなんてことはない。自分の政治家生命が伸びるなら、金などいくらでも払う。
彼は「乗り換え」を受ける日本最初の政治家だ。夫人は初め怖がっていたが、彼が言い張って断行したのだ。決断力には自信があった。
(この施術が終われば、俺も半永久的に政治家がやれる。息子の世代も政治家になり、俺ぐらいの年に「乗り換え」する。俺の家族は、永久に国会に居座るのだ。そういう時代が来る)
麻酔が効いてくる間、彼はそんなことを考えて、満足して眠りについた。
「終わりましたよ」
と声がした。夫人と息子たちが施術室に入ってくる。
彼も目を開けると、白い天井が目に映る。ガラス張りの箱に身体が入っていて、光の反射で自分の顔がうっすら見えた。ほくろの位置まで完璧に再現されている。
(本当に、俺にそっくりなボディーだな。これなら支持の落ち込みもないだろう)
と彼は思った。
「本当にそっくりなのね。次は私も受けちゃおうかしら」
と、夫人も満足気である。
「あ、立った!」
と言って、長男が喜んだ。
(え?)
と彼は思う。まだ彼は仰向けに寝ているままだったのだ。
その時だった。
二つの顔が、彼を真上から覗き込んだ。片方は夫人である。もう片方は、彼自身と全く同じ顔だ。よくよく目を凝らして見ると、機械のボディーだ。それが彼を見下ろしている。
「目が開いてて、気持ち悪いね」
それは無造作に、彼の眉間を指さした。なぜだろうか、体に力が入らない。
「まあ、自分の身体でしょ。でも、あなたらしいわ。『乗り換え』しても、性格ってなんにも変わらないのね」
彼はようやく事態を理解した。彼の意識は、まだもとの身体にいる。まさかこれは、意識の乗り換えではなくて、ただのコピーじゃないのか。
「この古い
新しい彼が横柄な態度で医師に尋ねる。
「こちらは法律上、火葬して骨をお渡しすることになります。いったんご退出願います」
古い彼は焦って叫ぼうとした。
(待って……)
だが声が出ない。夫人と息子は、新しい彼と談笑しながら、施術室を出て行った。それが見納めだった。
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