10篇

わきの 未知

新種発見

「先生! とんでもない生物を発見しました!」

 若手研究員は興奮して、叫び声を船じゅうに響かせた。宇宙生物を探す小さな調査船だ。当てのない旅に疲れ果てた船員たちは、眠たげな目で若手のほうを振り返る。

「でかい声を出すなって。この惑星に水があることぐらいわかってんだ、生物がいるのなんか、当たり前だろうが」

 先輩が若手を厳しく注意しようとしたのを、さっき「先生」と呼ばれた主任研究員がなだめた。

「まあまあ、いいではないか。いくら秀才といっても、調査船に乗ったのは初めてなんだ。では君、これを機にちょっと復習してみよう」

 教育的な先生だ。若手は目を輝かせて、主任研究員の前に一歩出た。


「まず、生物の三要件は満たしているかな」

 主任が彼に問う。これは宇宙生物学の基礎だ。

「はい! 外界から独立したコンパートメントをもち、自己複製もあり、有機物を代謝してます」

「厳密には、無機物でもいいんだけどね。よかろう。有機物の星なんだね」

「あっ、すいません」

 そう言って若手ははにかんだ。宇宙生物学を勉強したてだと、よく間違えるのだ。私たち自身が有機物でできているだけに、無機的生物の存在を忘れてしまう。もっとも、宇宙生物の大半は有機的なので、主任研究員としては、それだけでも面白くない。

 主任研究員は超望遠鏡をのぞき込む。ざっと観察すると、

「よしよし」

とうなずいて、後ろで控えている若手のほうを振り返った。

「この支配的生物だね? では、何が面白いと思ったか、言ってごらん」

「そうですね、まず、体の構造が私たちに似てます。直立二足歩行で、コロニーを形成し、音を使った言語もあります」

「直立二足歩行! そりゃちょっと親近感は沸くね。しかし君、それだけでは面白みは弱いかもしれんな」

 主任研究員は腕を組んで驚いてみせたが、心の中ではがっかりしている。直立二足歩行は確かに独特で、私たちと同じシルエットなので驚きもあるが、知的生命体に最も進化しやすい形状でもある。専門家としては、あくびが出そうだ。むしろ、手足がないのに知的な生物のほうが、珍しくていい。

「『科学スコア』はどれぐらいかな?」

「約40だと思います」

「うーん、高く見積もりすぎじゃないかね。火、金属、電気は使ってるから、だいたい30だな」

「いや、原子力も、知ってはいるみたいですよ」

「なるほど、ではスコアはちょうど40だな。よく調査したのだね。まあ、低レベルなのには変わりないだろう」

 主任研究員はまた内心でがっかりした。『銀河標準科学スコア』は、ちょうど100で恒星系を出る――つまり、宇宙種族になるレベルだ。スコア40、原子力が少々扱える程度では、まだ「種族」というより「生物」なのである。

「うーん。こんなもんかな。もう少し頭のいい生物種がいてもおかしくないと思ってたんだが……。『50の壁』を超えられないのかもしれないね」

 生物はスコア50で宇宙飛行を実現する。60にもなると、宇宙空間や別の惑星に住み始める。スコア50までが達成できる宇宙生物は多いが、スコア60を達成して宇宙種族の初めの一歩を踏み出す生物は、ごくわずかだ。『50の壁』である。


 主任はため息をついて椅子に座りこんだ。だが若手研究員は、まだ落ち着かない様子で、もじもじしている。これで議論は終わるところだが、主任研究員は彼の資質を買っている。

(何かまだ話し足りないことがあるのかな)

と、ふと気になってしまった。

「どうした、何かあるなら遠慮なく言いなさい」

 主任がそう尋ねると、若手研究員の顔がぱっと明るくなる。やはり黙っていたことがあったのだ。

「ありがとうございます。あの……どうも、変なんです」

「どこがだい」

「いや、この座標の個体を見てください」

 若手研究員は、超望遠鏡を正確に操り、最大の海洋に浮かぶ島に合わせた。もともと大陸より海のほうが多い惑星で、見逃してしまいそうなぐらい小さな列島だ。

「どれどれ、見てみよう」

と笑って主任も望遠鏡をのぞく。

 2つの集団が、レーザー砲の先祖のような武器で殺しあっている。コロニーからどっと火の手が上がり、親子らしき個体が泣きながら逃げ惑う。

 研究員たちは目を丸くして驚いた。例の興奮した若手が、高ぶった声でまくしたてる。

「そうですよね、変ですよね。

「せ、せ、戦争だと。……なんてこった」

 主任はねっとりした額を押さえて、後ろに数歩よろけた。表情は当惑そのものだ。

「馬鹿な。こんな間抜けな動物が、本当にいるなんて……」

「私も目を疑いました。しかし本当です。

 主任は急に笑みを絶やし、紫色の目をギラギラと光らせた。常識が覆される瞬間ほど、学者が興奮するときはない。

「いや……でかした、大発見だ。すぐに調査ドローンを送り込め!」

 主任がそう叫ぶのを聞いて、先輩の研究員たちがどやどやと寄って来て、六本の触手で押し合いながら、我先にと望遠鏡を覗いた。

「なんだ、なんだ? 科学スコア30で戦争?」

「違うよ、40らしいよ。電磁気学は実用段階、原子力は実験段階だって」

「俺、電力戦争なら、一回だけ見たことがあるよ。でも原子力戦争はないな。間違いじゃないの?」

「原子力で兵器って、どう作るの? まさかそのままドカーン?」

この生物の珍妙さを理解した研究員たちは、やる気に満ちた顔で各自の持ち場に戻った。若き研究者の熱意が、一瞬のうちに宇宙船全体に伝播していく。

 この小さな惑星にドローンを配備するには、そう時間はかからなかった。さっきの争いがあった島は「オキナワ」、所有している集団は「ニホン」というらしい。


 この惑星系の暦で、数か月ぐらい経った頃だろうか。送り出したドローンが溶けそうなほど暑い夏だった。

 原始的な飛行機が、ニホン列島の上を飛んでいる。白い皮膚をもつ個体がへらへら笑いながら、黄色い個体のコロニー「ヒロシマ」に、ウランの塊を含む爆弾を落とした。

 宇宙船の科学者たちは息をのんだ。小さなきのこ雲が上がる。宇宙史上初めて、原子力による生物の自傷行為が記録された。

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