第十五話 袂を分つ
碧に見せるためのラフは、あっという間に描き上がった。
あっという間と言っても、全て描き切るのには一週間掛かってしまった。
とりあえず一晩寝かせて見ても、変なところはない。
あの後、天使と屋上と、SNSの女の子の繋がりも思いついた。
全員が全員、誰かを見つめている。
天使は屋上の子を。
屋上の子は、SNSの子を。
そして、SNSの子は、天使を。
それは、純粋な思いだけじゃない。
憧れや妬み、恋、色々混ぜた思いで、見つめているようにした。
出来上がったラフに、満足しながら碧にメッセージを送る。
『ラフできたから、送るね』
その文章と共に、送信。
どんな反応が返ってくるか、ドキドキしながら待つ。
スマホを付けては消してを繰り返しても、全然来ない。
ポンっとパソコンの方が通知を知らせた。
『@すみれ 久しぶりに通話しない?』
すみれさんからのお誘いだった。
悩みながら、スマホをもう一度確認する。
碧からの返信はまだ届いてない。
『@コハネ おっけー!』
すみれさんに返信を送りながら、ヘッドセットの準備をする。
すぐに、通話が掛かってきた。
「久しぶりー!」
「すみれさんと話すのめっちゃ、久しぶりな気がする!」
碧が私を特定して、連絡してきた日以来だから……
数えてみれば、二週間は経っていた。
「だって、コハちゃん、全然浮上しないんだもん」
「インはしてたんだけどね、オンラインを隠すモードにしてたから……」
碧と通話のやりとりもあるかと思って、ラフを描いてる間はずっと繋いでいたのだ。
他の人からの連絡が来ないように、隠すモードにはしていたけど。
まぁ、通話することもなく。
メッセージも当たり障りのない「進捗どう?」くらいだったけどね。
「で、どうなった?」
「なにが?」
てん、てん、てんと二人の間に沈黙。
そこで、すみれさんに言われたことを思い出した。
MV制作を受けるということ、それを破ったら罰ゲームって言われてた!
「やることになったし、同じ子だった」
「ん? え? ちょっと待って、ちょっと待って?」
すみれさんが戸惑いの声を上げる。
うん、私もそう。
そうだったよ。
何を言ってるか意味がわからないと思うけど、私も本当にわからなかった。
「MV作ってくださいって、送ってきた晴天さんと、学校のギャルは同一人物でした」
「えぇ? コハちゃんだってわかって、送ってきてたの?」
「うん、みたい。探したんじゃないかな」
「すごい執着だねぇ」
他人事のように呟くすみれさんに、見えないのに大きく頷く。
私のどこがそんなにいいんだか。
そう考えてから、好きなものに真っ先に私のイラストを上げてくれたことを思い出した。
心臓から血液が全身に巡って、一気に体が熱くなる。
「かなり好かれてるじゃん、で、いい感じ?」
「ラフまではできたから、今チェックしてもらってるとこ」
「おおー! 楽しみにしてるよ」
嬉しそうな声に、こちらまで嬉しくなる。
すみれさんは、ずっと私のことを見守ってくれたから。
「これでコハちゃんも有名な絵師になっちゃうかぁ」
「いやいや、ありえないでしょ」
「コハちゃんは自分のこと、わかってなさすぎー」
「すみれさんが過大評価しすぎー」
同じような語尾で言い返せば、真剣な声色が返ってくる。
「コハちゃんは、もっと多くの人に見つけられる人だよ」
あの日、同じようなことを言ってくれていた。
私が信じてない私のことを、すみれさんはまっすぐ信じてくれてる。
くすぐったさを誤魔化すのに、用意していた麦茶を飲み込む。
ブーと鈍い音を立てて、机の上に置いたスマホが振動した。
開いて確認すれば、碧だ。
『ごめん、曲を変えたい』
「は?」
碧のメッセージを読んで、つい、口から声が出る。
「どした?」
「急にわけわかんないメッセージが、え? はい? ちょっと、電話してくる」
「おけおけ!」
「ごめんね! せっかく誘ってくれたのに」
「問題なし! またはなそーね!」
せっかく久しぶりに、すみれさんと話していたのに。
碧のとんでもメッセージに、頭が痛くなってきた。
締切まで日は短くなっていくのに、急に曲を変えたいと言われても。
碧に電話を掛ける。
すぐに碧は出た。
「もしも」
「曲変えたいってどういうこと?」
「紅羽とやるんだから、もっと違う曲でチャレンジしたいの」
真剣な声色で、本気で言ってることはわかった。
それでも……
「出来てるの?」
「まだ……今作ってる」
「コンテストに出すんだよね?」
「だから、もっとちゃんと胸張って出せる曲にしたいの!」
その気持ちはわかる。
あの曲が、私は好きだけど。
碧の中では、きっと違う未来が見えたんだろう。
でも、ここからMVを作るのに今だって、カツカツだ。
なのに、曲を今から作って、私がそこからラフを描いて?
「無理だよ!」
「私の作品なんだから、私の意見聞いてよ!」
「碧の作品だけど、MVは私の作品なんだよ?」
「でも、私の曲ありきでしょ!」
碧の言葉に、胸が痛む。
それは、そう。
私は、碧の曲を彩る装飾品でしかない。
でも、碧が私の作品がいいって言ったんじゃん。
なのに、何その言い方。
「もういい、私やめる」
「違うの! ごめん紅羽、そういう意味じゃない!」
「もういいって、他の人に頼みなよ。手が速い人もっといっぱいいるって」
「私と紅羽がいいの。だから、違う曲にしたいの。すぐ作る。すぐ送るから、お願いやめるなんて言わないで」
「バカ!」
ぷつんっと通話を切る。
碧のバカ。真剣になった私がバカだった。
ブー、ブー、と何回もバイブが鳴る。
全部、切るボタンを押す。
碧は、碧一人で作ればいいじゃん。
私は、碧の曲の装飾品でしかないんだから。
ふんっと鼻息を荒くしながら、スマホを投げようとした。
物に当たるのは違う。
わかっているのに、胸の中がモヤモヤする。
何回も掛かってくる通話を無視してれば、メッセージが届く。
【一回会って話そ】
話したところで何も変わらない。
碧は自分勝手すぎる。
【勝手にしてください】
怒りを込めたメッセージを送信してから、スマホの電源を落とす。
何を伝えても、何を考えても、気分は晴れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます