トゥルース・トリ・ストーリーズ
幼縁会
第1話
「目覚めるぞ、トリがッ……生まれる、生誕するぞ!」
「生誕する、トリがッ。トリの!
トリの降臨だ!!!」
誰かが口を開いたのを切欠に、堰を切ったように観客席から声が上がる。
そして声を張り上げたのは、観客だけではない。
「トリだ。トリの目覚めだッ。夜明けだ!」
「ヒナ・ロック・フェスティバルの目的!」
「そうだッ、今年も我々は目撃できる!」
舞台に立つ少年の後に控えるアーティストも。彼らを支えこそすれども、熱唱を妨げるなどあり得てはならない裏方すらも。
ヒビ割れゆく卵への言葉を漏らす。
天下無双。世界に轟き知らしめた勇名は、最早眼前でむなしく音を鳴らす木偶の坊への興味を完全に奪い去った。
そも、ヒナ・ロック・フェスティバルの本懐こそがトリの生誕。
なれば、目的を果たした彼が人々から関心を失われても全く以って関係がなかった。
「……せぇ」
だから。
「……るせぇ」
だからこそ。
「うるっせぇんだよ!!!」
少年は。Re・フライング・フェアリィの名が示すが如く、主賓を雑音として拒絶する。
「何がトリだ、馬鹿馬鹿しいッ!
ここの主役は俺だッ。文句があるなら出てきやがれ!!!」
アンプを通じて放たれる音の波。魂のシャウト。
響き渡る咆哮が、見開かれた眼光が、世界を震え上がらせた存在に唾を吐く。
そして高まる舞台のボルテージ。
沸き上がる観客もまた、注目を少年に合わせた。
枕を高くして寝ているヤツから強引に視線を奪い返した、舞台の主役を一目するために。
「いくぞォ!」
舞台に上がる直前、五人バヤCの姿に怯えていた少年はもうどこにもいない。
今人々の前に立つは、一人のアーティスト。
舞台に立ち、音を鳴らすものとして主役の座を欲しいままにする存在に他ならない。
叫ぶ。
叫ぶ。
喉を枯らして叫び散らかす。
己という存在を世界に刻みつけるために。
会場の熱が高まるにつれ、熱に当てられた観客が水分を希求するにつれ。卵刻まれる黒い稲妻もまた、鮮明な形を帯びる。
そして少年がサビを完走した直後。
「ッ?! 来たか!」
地響きを轟かせ、ブレイクダンスよろしく身を翻して舞い散る殻を神へ捧げる神楽の代わりにし。
トリが現世へ生誕を果たす。
会場すら飲み込む、威容を以って
「漸く布団から飛び出してきたかッ、寝坊助!」
「……」
トリは、何も答えない。
マイクパフォーマンスに価値はなく、鳴り響く音階こそが求められているとばかり。
「だったら行くぞッ、主役が欲しけりゃ俺からぶん取ってみやがれ!」
「……!」
強肩振りを発揮する右から投げ渡されたマイクを、誰が言うでもなくトリは掴む。
主役の座を簒奪した者へ注ぐ鋭利な眼光は、なおも変わらない。
代わりに叫びが音を成す。
意味を持ち得ぬ空気の振動などではなく、確かな意味を有する言葉として。
「ありがとう」
と。
「え……?」
突然の感謝に動揺する少年を他所に、トリは大きく羽ばたくと地面から身体を浮かせた。
吹き荒ぶ暴風ではなく、春の到来を告げる柔らかな風は暁を忘れて久しい人々を眠りへと誘う。
観客も。
次を待つアーティストも。
彼らを支えて然るべき裏方すらも。
胸の内に燃え滾る熱を発揮した少年と、たった一人の例外を除いた全てが寝息一つ立てない穏やかな眠りへと誘われたのだ。
「え、アレ……えっ?」
たった一人の例外──少年の舞台入りを待ち望んでいた女性は、突然の事態に困惑する。
だが胸中を支配していた混乱も、打ち鳴らす音が消し飛ばす。
Re・フライング・フェアリィが奏でる、歌によって。
やがて静寂に包まれた会場から、改めて音が鳴り響く。
たった一人の観客へ向けた、正真正銘のソロライブが。
トゥルース・トリ・ストーリーズ 幼縁会 @yo_en_kai
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