第4話
十分後。
僕は気絶していた依頼人を揺り動かす。
「村田先生、起きてください」
数度の呼びかけで反応した村田さんは跳ね起きた。
それから周りをしきりに見回す。
視界内にいるのは一人の探偵だけである。
「人身売買の組織は、泣き喚きながらどこかに行ってしまいましたよ。何やら大慌てでしたね」
そう伝えるも、村田さんは聞いていない。
じっと僕のことを凝視していた。
村田さんは言いづらそうに切り出す。
「平さん、顔が……」
「何でしょう。虫でも付いていますかね」
「いえ。なんでもないです」
村田さんは口を噤む。
触れてはいけない話題だと察したのだろう。
気絶する前後で顔が別人に変わっているのだから、気になるのも当然のことである。
気絶する要因となった光景もきっと憶えているはずだが、僕に訊いてくることはない。
それから村田さんと協力して、倉庫内に閉じ込められていた子供たちを救出した。
子供たちは衰弱していたが、特に怪我はしていなかった。
倉庫を出たところで村田さんは深々と頭を下げる。
「平さん、この度は本当にありがとうございました」
「いえいえ、子供たちが無事で何よりです」
僕は穏やかに応じる。
子供たちは僕たちの会話を黙って見守っている。
疲れて気にするどころではない子もいた。
僕は声を落として村田さんに頼みごとをする。
「今後、警察の事情聴取を受けると思いますが、私のことは内緒にしてもらえると嬉しいです。色々とグレーなやり方をしていますから」
「……内緒にするのは調査方法だけですか」
「できれば他の事もお願いします。何かと肩身が狭い身分ですので」
「ふふ、分かりました」
村田さんは吹っ切れたように微笑む。
彼女なりに僕という存在の解釈を決めたらしい。
少なくとも嫌悪されている感じはなかった。
財布を取り出した村田さんは、その中身を僕に差し出す。
「これが成功報酬です。本当に追加分は一万円でいいのですか」
「大丈夫です。十分な利益が出ていますから」
受け取った僕は一歩下がる。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
銃声を聞いた近所の住人が通報したのだろう。
僕は村田さんと子供たちの前で一礼する。
「ではさようなら。もしまた何かあればお気軽にご相談ください」
それから一度も振り返らずにその場を立ち去った。
自家用車に乗り込み、サイレンとは反対方向へと走り出す。
しばらく黙々と運転していたが、後部座席に奇妙な気配を覚える。
バックミラーで確認すると、黒い物体が鎮座している。
それは薄汚れた布が何重にも巻き付いて人型を形成していた。
僕は特に慌てることもなく声をかける。
「あなたが本物のカゲヌノですか」
黒い物体は喋らない。
その代わりに肯定を示すように頷いた。
どうやらカゲヌノは実在したようだ。
一人で感心していると、カゲヌノがくぐもった声を発する。
常人には理解できないだろうが、僕はしっかりと聞き取ることができた。
「ほうほう、伝承に誤りがあると」
カゲヌノがまた声を発する。
布は黒い靄を帯びていた。
外見は邪悪だが、感じる気配は森のような静けさである。
「なるほど。ただ子供を連れ去るのではなく、虐待を受けている子だけを選んで保護していたのですね。私欲に駆られて攫っていたわけではない、と」
聞いた内容を要約すると、カゲヌノはまた頷いた。
つまり間違った伝承で悪い妖怪として認知される現状に困っているらしい。
「分かりました。後日、村田先生にお伝えしましょう。学校経由で真実が出回れば、将来的に伝承も訂正されるかもしれません」
僕が解決策を提示すると、カゲヌノは横に揺れた。
よほど嬉しいようだ。
しきりに感謝の念を伝えてくる。
「いえ、お気になさらず。これくらいはお安い御用ですとも」
涼やかに述べた僕は、目を細める。
赤信号で停車したのを見計らい、振り返ってカゲヌノに告げる。
「妖怪同士、仲良くしていこうじゃありませんか」
少し揺れたカゲヌノは嬉しそうに消えた。
妖怪探偵は顔を求めている 結城からく @yuishilo
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